【獣医師が教えるワクチン接種必須の感染症】レプトスピラ症
レプトスピラ症は世界中に分布し、日本でも発生が見られる感染症です。特に犬はヒトと同様に多くの血清型に感染する可能性があり、家畜伝染病予防法では届出伝染病として指定されています。
疫学的にも重要な感染症であるレプトスピラ症ですが、どんな病気か理解していますか?治療や予防はどのようにするのでしょうか?
本記事では、犬のレプトスピラ症の症状や治療、予防まで解説していきます。
レプトスピラ症とは?
レプトスピラ症は、レプトスピラ・インテロガンスというスピロヘータの感染によって引き起こされます。
スピロヘータとは?
スピロヘータとは、繊細な螺旋状のグラム染色陰性の微生物です。
このレプトスピラ・インテロガンスは抗原構造や凝集反応による分類により200以上の血清型が存在することが知られています。その中で、日本に常在しているのは以下の6種類の血清型だと言われています。
- レプトスピラ・イクテロヘモラジー(出血横断型)
- レプトスピラ・カニコーラ(犬疫型)
- レプトスピラ・オータムナリス(秋疫A)
- レプトスピラ・ヘブドマディス(秋疫B)
- レプトスピラ・オーストラリス(秋疫C)
- レプトスピラ・ピオジェネス
犬におけるレプトスピラ症の症状
レプトスピラは主に肝臓と腎臓で増殖するため、肝障害や腎障害に付随した症状が現れます。その症状は、経過によって3つに分類されます。
①甚急性
食欲不振、元気消失、知覚過敏、呼吸速迫、嘔吐、発熱、可視粘膜蒼白、頻脈などが見られます。
他にも播種性血管内凝固を起こしている場合には、皮膚の点状出血やメレナ(黒色タール様便)、鼻出血が見られる場合があります。
②亜急性
発熱、元気消失の他に、肝障害(出血傾向、黄疸)、腎障害(多飲多尿、乏尿~無尿)が認められます。
③回復後
回復した後も、慢性間質性腎炎、慢性肝炎が見られ、多飲多尿、体重減少、腹水などが認められます。
レプトスピラの感染経路
レプトスピラは腎臓で増殖し、尿中に排出されます。特に、リスやネズミ等のげっ歯類での保菌率は高く、生涯にわたり尿中に菌体を排出し続けます。この尿によって水や土壌が汚染され、感染源となります。
夏や初秋など、降雨や洪水が多い時季にレプトスピラ症の発生が多く見られるのはこのためです。
感染経路は様々で、経創傷感染、交尾に伴う感染、経胎盤感染、経粘膜感染、経口感染があります。抗レプトスピラ抗体を持っていれば、菌体は感染後すぐに除去されるか、無症状キャリアーとなります。
レプトスピラ症の診断
確定診断は血清中の抗レプトスピラ抗体の検出や、尿や血液からのレプトスピラ菌体の直接検出によって行われます。
しかし、これらは一般の動物病院では困難なため、複数種類の検査や問診によって診断を進めます。
問診
ワクチンの接種歴や、他の犬との接触、外出の有無などを確認します。
特にキャンプなど、野生のげっ歯類と接触する機会があったかどうかは重要なポイントになります。
血液検査
血小板減少や、出血および腎不全による貧血が見られる場合があります。
また、肝病変に伴う肝酵素の上昇、蛋白の低下、高ビリルビン血症が認められます。
腎病変がある場合には、高窒素血症、高クレアチニン、高リン血症、低カルシウム血症が現れます。
画像検査
症状の進行具合によって、肝臓および腎臓の腫大が認められます。
他に肝不全や腎不全を起こす疾患の除外のために行うことが多くあります。
尿検査
尿中にビリルビンが検出されます。
また、赤血球や白血球などの細胞も検出されます。
治療および予後
レプトスピラの菌体に対する治療はもちろん、肝臓や腎臓への治療も同時に行う必要があります。
抗菌薬
レプトスピラ症の治療には抗菌薬が効果的です。
しかし、尿からの菌の排出は長期間続くため、抗菌薬も長期間投与する必要があります。
輸液療法
肝不全や腎不全が発現している場合には輸液を行います。
特に腎不全によって尿が作られなくなっている場合には利尿薬も積極的に使用していきます。
制吐薬・止瀉薬
嘔吐や下痢の症状がひどい場合には薬剤を用いて症状を緩和します。感染症に打ち勝つ体力を温存するためです。
播種性血管内凝固(DIC)に対する治療
レプトスピラ症の末期には、全身の血管で微細な血栓が形成される播種性血管内凝固(DIC)と呼ばれる病態に陥ることがあります。
この場合には血栓形成抑制剤を使用し、必要であれば輸血を行います。
予後
感染しても症状の出ない不顕性感染もあり、感染症としての予後は悪くありません。
ただし、甚急性症例や、重度の多臓器不全に陥った場合、播種性血管内凝固の病態に進行した場合などの予後は悪いと言えます。
レプトスピラ症の予防
レプトスピラ症は、罹らないように予防することのできる病気です。どのように予防ができるのか、把握しておきましょう。
ワクチン接種
レプトスピラ症にはワクチンが存在します。しかし、ワクチンに含まれている血清型以外のものは予防できないため、愛犬がどの種類のワクチンを接種しているのかを把握しておくことは非常に重要です。
混合ワクチンであれば7種以上のものでレプトスピラが含まれています。また、山などの野外に愛犬を連れて行きたいときは、レプトスピラ症のみが予防できるワクチンを追加接種します。
人獣共通感染症につき人も注意
尿中に排出されたレプトスピラはヒトにも感染し、逆にヒトから犬に感染することもあります。
ヒトにおける症状も犬と同様で、発熱などの全身症状から黄疸、出血傾向と進行していきます。よって、ヒトか犬にレプトスピラ症を疑う症状が現れた場合は、徹底した環境の清浄化が必要です。
レプトスピラは45℃、30分で死滅する他、次亜塩素ナトリウム、ヨード剤、逆性石鹸などの消毒薬も有効です。
まとめ
今回は、現在も日本国内で発生しうる感染症、「レプトスピラ症」についてお伝えしました。聞いたことのない病気かもしれませんが、人獣共通感染症であり、飼い主も感染には注意が必要です。
特に、野山やドッグランなどに犬を連れて行く機会がある場合は、環境からの感染を防ぐためにもワクチンの接種は必須と言えるでしょう。
定期的なワクチン接種を必ず行いましょう。また、その内容を見直し、今一度、愛犬の健康について考えてみてください。
【獣医師が教えるワクチン接種必須の感染症】犬ジステンパー
みなさんは、犬ジステンパーという病気を聞いたことがありますか?
犬ジステンパーは、感染力・致死率がともに高い感染症です。ワクチンの開発によって発生は減少しましたが、かつては日本でも猛威を奮いました。
しかし、いまだに犬パルボウイルス感染症とともに、子犬に感染すると怖い感染症でもあります。
本記事では、あまり聞いたことがない犬ジステンパーについて解説していきます。
犬ジステンパーって何?
犬ジステンパーは、人の麻疹に似た、犬ジステンパーウイルスによる感染症です。
犬のウイルス病としては最も多く、発病率は25〜75%、致死率も50〜90%と高いことが特徴です。
免疫応答が十分であれば無症状か軽症で済み、ウイルスは14日目までに消失します。
犬ジステンパーの感染経路
犬ジステンパーウイルスは鼻水、目ヤニ、唾液、尿、便などあらゆる分泌物中に含まれます。これら分泌物との直接接触あるいは飛沫、チリやホコリを吸引することで感染します。
感染した犬ジステンパーウイルスは扁桃や気管支リンパ節で増殖し、全身のリンパ組織に蔓延します。
これによって液性免疫が抑制され、リンパ球が枯渇することで免疫不全状態になります。
免疫不全状態になったところに、二次性の細菌感染によって、膿性分泌物などの症状があらわれます。
犬ジステンパーの症状
犬ジステンパーの急性症は感染後約14〜18日後に見られます。
症状は時間とともに呼吸器、消化器、中枢神経症状へと広がっていきます。
神経症状のイメージがあるかもしれませんが、全身のあらゆるところで症状を示します。
全身症状
犬ジステンパーでは、まずは二度の発熱が見られます。
最初の発熱は一過性で、気付かれないことも多くあります。
二度目の発熱は39〜41℃と高熱で、鼻炎による粘液膿性鼻汁や結膜炎に伴う膿性目ヤニ、活力の消失、食欲不振が見られます。
呼吸器症状と消化器症状
発熱に次いで、発咳や呼吸困難などの呼吸器症状、嘔吐や下痢といった消化器症状を示します。
中枢神経症状
呼吸器症状と消化器症状に次いで、あるいは同時に神経症状が現れます。
神経症状は沈うつ、知覚過敏、歩行異常、異常行動、てんかん発作、斜頸、眼振、閉口障害などと多岐にわたります。
これは犬ジステンパーウイルスが大脳、間脳、中脳、小脳、前庭、脊髄、末梢神経といったさまざまな神経系を侵すことによります。
眼症状
犬ジステンパーは眼にも症状を現します。
前ぶどう膜炎、脈絡網膜炎、視神経炎、角結膜炎が発生し、最悪の場合失明することもあります。
その他の症状
上記の症状の他にも、腹部などの化膿性皮膚炎、パッドの角化亢進(ハードパッド)、死産、流産が見られます。
全身のあらゆる臓器に影響を及ぼすことがわかります。
犬ジステンパーの診断
命に関わる感染症であるため、疑われる症例は迅速に診断する必要があります。
実際には、どんな検査が行われるのでしょうか。
簡易キットでの抗原検出
犬の眼脂、唾液、生殖器及び肛門スワブ中の犬ジステンパーウイルスの抗原を検出できます。
検査結果も20分程で出るため、動物病院でも多く取り扱われています。
便を持参しなくても検体が採取できることが強みです。
血液検査
犬ジステンパーでは、感染初期にリンパ球の減少に伴う白血球の減少が見られます。
その後、細菌感染が起こると逆に好中球性の白血球増加が認められます。
同時に血小板減少も見られるため、血液検査が行われます。
画像検査
胸部X線検査で肺炎の程度を、MRI検査で中枢神経系病変をそれぞれ評価します。
MRI検査には全身麻酔が必要となるので、事前に血液検査での全身の評価が必須です。
MRI検査の際に脳脊髄液を採取し、犬ジステンパーウイルス抗原を検出することもできます。
犬ジステンパーの治療および予後
現在、犬ジステンパーウイルスに対する特効薬は開発されていません。
対症療法と二次的な細菌感染に対する治療を行い、回復を待つことしかできません。
予後は非常に悪く、感染した犬の約半数が死亡してしまいます。
軽症例や、治療によって回復したように見えても、その後激しい神経症状を呈して死亡することもあるので、まったく油断ができません。
抗菌薬
犬ジステンパーウイルスの二次性細菌感染を制御する目的で使用します。
広い範囲の細菌に効果が得られるものを選択しますが、幼犬に投与する際に注意する薬剤もあります。
去痰薬、気管支拡張薬
犬ジステンパーにより肺炎症状が強い場合に使用します。
他にもネブライザーによって粘液除去剤や抗菌薬を経気道的に局所投与することもあります。
制吐薬、止瀉薬
犬ジステンパーにより嘔吐や下痢がひどい場合に使用します。
脱水の補正のために静脈点滴によって水分を補給することもあります。
抗痙攣薬
犬ジステンパーにより神経症状が見られる場合に使用しますが、効果が得られないこともあります。
また、ステロイドや脳圧降下剤を使用して脳へのダメージを軽減します。しかし、これら薬剤の効果は一過性で、だんだん効かなくなってきます。
犬ジステンパーの予防
感染すると死亡率が高く、回復しても後遺症が残る可能性が高い犬ジステンパーは感染させないこと、予防することが重要です。
ワクチン接種
2種類以上の混合ワクチンの定期的な接種によって犬ジステンパーを予防します。
混合ワクチンには最低限、犬ジステンパーと犬パルボウイルス感染症が含まれています。
各製薬会社によって予防できる感染症が異なる場合があるので、かかりつけの動物病院がどの種類の混合ワクチンを使用しているのか確認しておきましょう。
犬ジステンパーの多くは、ワクチン接種前あるいはワクチン接種後間もない幼犬で認められます。しっかりとしたワクチンプログラムを計画し、ワクチン接種が完了するまでは他の犬との接触を避けることが大切です。
また、ワクチン未接種の成犬や免疫力が低下した老犬でも注意が必要です。
半年に1回~1年に1回程度ワクチン抗体価の測定を行い、十分な免疫が確保できているか調べた方がいいでしょう。
感染犬の隔離と消毒
万が一、同居犬が犬ジステンパーに感染してしまったら、速やかに隔離する必要があります。
犬ジステンパーウイルスは環境中で弱く、2〜3日程しか生存できません。消毒薬や乾燥にも弱く、市販の消毒薬で十分です。
まとめ
犬ジステンパーの怖さが少しでも伝わりましたでしょうか?
ワクチンで予防できるからと油断していると、いざという時に迅速に対応できないこともあります。
犬ジステンパーに限った話ではありませんが、感染症は正しい情報を知って、予期しておくことが重要です。