いぬ知識

日本犬のルーツはいつ、どこから?縄文犬と弥生犬について

BY シェリー編集部2018年5月30日 更新
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  • 縄文犬と弥生犬から進化した日本犬
  • 昔から日本人の相棒だった
  • 食用にされていた時代もある

みなさんは、日本犬のルーツをご存知でしょうか。

日本犬には、とても奥深い歴史があります。今回は、そんな日本犬のルーツについて学んでいきます。

日本犬のルーツとは?

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日本犬といえば柴犬や秋田犬など、凛々しい風貌が特徴のかっこいい犬が思い浮かびます。

またとても賢く、忠犬のイメージが強いのも特徴です。

日本犬のルーツは、縄文時代と弥生時代に遡ることで、深く知ることが出来ます。この時代は、日本の犬にとって大きな変化がありました。

縄文犬

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縄文時代とは、約1万5,000年前(紀元前131世紀頃)から約2,300年前(紀元前4世紀頃)の日本列島で発展した時代を指します。

縄文時代は、寒さの厳しい氷河期が終わり、地球が温暖になった時代です。地球が暖かくなったため、植物が豊かになり、動物の繁殖率が急激に高まった時代でもあります。

縄文人の主な食料は、木の実や狩猟で狩った動物だったと言われています。

狩猟のお供として、人々の生活に犬の存在がありました。その犬が縄文犬です。

風貌はオオカミに似ていて、オオカミと現代の犬の中間のような性質を持っていたのではないかと考えられています。

考古学的証拠

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日本列島における縄文犬は、明治時代に日本の考古学の父、エドワード・モースによって発見されました。

発見された場所は、大森貝塚(東京都品川区、大田区周辺)で、推定時期は縄文後期だと分かりました。

また1997年には、宮城県や愛知県の貝塚で縄文女性と一緒に埋葬されている犬の発掘がありました。定説では、これらの貝塚は「現代の家族墓地のようなもの」だとされています。

犬をわざわざ大きな貝塚に埋葬する習慣は無かったので、縄文女性が先に亡くなった可能性が高く、女性の埋葬後、犬の埋葬が行われたと考えられています。

このことから、犬が人間によって家畜化されていた、もしくは飼い慣らされていた事が分かります。

縄文犬の役割

縄文時代は、狩猟や木の実採取が盛んな時代だったので、縄文犬は縄文人に大変重宝されました。

当時の主な狩猟獣はシカやイノシシで、縄文犬はそれらの動物の追跡、捕獲に従事していました。

犬はとても優秀な嗅覚を持っているので、追跡にはもってこいの動物です。

また、縄文人は身を守るために、危険な仕事、つまり捕獲を縄文犬に任せていました。つまり、飼い主に変わって、危険な捕獲作業を行なっていたと言うことです。

縄文犬と人々の関わり

そんな危険な仕事を任されていたのですから、当然怪我は付き物です。狩猟によって骨折や怪我をした犬は、一体縄文人にどのような扱いを受けていたのでしょうか。

縄文犬の場合には、食べられることはなかったと言われており、それについては考古学的な証拠があり、それを物語っています。

発掘された縄文犬の骨の一部を見ると、骨折が治癒された形跡がありました。骨折した骨は手当をしないと、一生折れたままです。しかし、この発掘された縄文犬の骨は繋がっていました。

当然、犬は自ら骨折の手当をすることはできませんから、人間が何らかの治療を行ったと考えるのが妥当ということになります。

従って、縄文犬は狩猟犬として、縄文人に大切に扱われていたと考えられているのです。

弥生犬

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弥生時代は、紀元前10世紀頃から紀元後3世紀中頃に発展した時期で、縄文時代後の時代区分です。みなさんご存知、邪馬台国が卑弥呼によって発展した時代でもあります。

そんな弥生時代は、渡来人なしに語ることは出来ません。

渡来人は、稲作や米を保存する為の高倉式倉庫の建て方を伝授してくれたエキスパートたちです。そしてそれだけではありません。

渡来人は弥生犬を日本に連れてきた人たちです。つまり、弥生犬は日本原産種ではないんです。

縄文犬から弥生犬へ

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日本が弥生時代の時、人々の食生活は穀物中心でした。

それまで狩猟が盛んだった縄文時代から、稲作への生活に変わり、人々の生活習慣や文化は大きく変化しました

弥生時代は狩猟が盛んではなくなったので、狩猟犬、つまり縄文犬は必要なくなりました。そこにタイミングよく、渡来人が弥生犬を連れてきて、弥生犬の需要が高まりました。

弥生犬の役割

渡来人は、現在の地図で、中国大陸や朝鮮半島の辺りから来た人たちを指します。

中国大陸や朝鮮半島には、犬を食べるという風習がありました。そのため、犬を日本に連れて来た理由も、犬を食料として繁殖させるためでした。

犬の肉は人間にとって大切なタンパク源となるので、当時の穀物中心の食生活には欠かせない食料だったと考えられます。

考古的な発掘物によると、推定時期弥生時代の犬の骨に、かぶりついた痕や、骨がバラバラにされている形跡があります。このことから、弥生人によって食用にされていた可能性が非常に高いということが言えます。

ペットとしても扱われていた


でも、安心してください。すべての弥生犬が食用にされていたわけではありません。

弥生犬はペットとして、人々の生活に寄り添って生きていたとも考えられています。縄文時代、縄文犬は人々の相棒的な存在でした。

それが一転、渡来人によって食用となってしまったのです。当然、人間はその文化の異変にいきなり順応していくことはできません。

そのため、犬を食用とすることに抵抗のあった人もいたと考えられています。一部の人には食用として扱われていても、一部の人には大切な家族の一員として可愛がられていました。

縄文犬と弥生犬の現在

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既に、縄文犬と弥生犬は、絶滅しています。

チャールズ・ダーウィンの提唱した、進化論によれば、生き物は自然淘汰されていくものです。大きな時の中で、生き物は日々、進化を遂げています。純血の縄文犬や弥生犬はもう存在していませんが、縄文犬や弥生犬から進化した犬は、現在も生き続けています。

それが日本犬です。秋田犬、柴犬、北海道犬や琉球犬などが挙げられます。日本に古くから存在する伝統種は、縄文犬や弥生犬に非常に近いとされており、縄文犬や弥生犬から進化したというのが有説です。

最後に

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日本犬は、とても奥が深く、知れば知るほど魅力的に見えてきます。

狩猟のベストパートナーから一度は食用にされてしまった犬。そんな状況でも力強く生き抜いて、現在の日本犬が存在します。

犬ってとても力強い生き物ですね。そんな歴史を知ってから接すると、もっと日本犬の魅力に気が付いていただけるのではないでしょうか。

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