自宅のペットが、普段の生活でどれくらい野生に近い行動を出せているか意識したことはありますか。また、「本来ペットがもつ動物らしい行動」と言われたら、具体的にどのような行動が思いつくでしょうか。
人に飼育されている動物たちにも、野生本来の行動を取れる環境設定が必要であり、それによりペットたちのストレス度合いや生活の豊かさが変わると考えられています。この野生本来の行動が取れる環境設定をすることを「環境エンリッチメント」といいます。
今回はこの環境エンリッチメントについて詳しく見ていき、愛犬、愛猫にも実践できるものをご紹介します。
この記事の目次
環境エンリッチメントとは
環境エンリッチメントとは、人の飼育下で暮らす動物に対し、動物の福祉と健康の両面で「動物の幸せな暮らし」を実現するために、本能的な活動性や多様な行動を引き出し、望ましくない異常行動を減らせるような飼育環境を整えることを指します。
ここでいう飼育環境とは、ケージや檻などの物理的な環境だけではなく、人や同種の他の個体との関わりといった社会的な環境も含みます。
ペットだけでなく、動物園や水族館などの飼育動物たちが暮らす環境や飼育方法に変化を加え、自然界に近い刺激や選択肢を用意します。そして、その動物らしい行動や心の在り方を引き出せるような環境設定を行うことが、暮らしを豊かにするために必要であるといわれています。
5つのエンリッチメント
環境エンリッチメントは5種類に分類されます。
①採食エンリッチメント
食べ物に関するエンリッチメントです。
野生動物は一日の多くを、餌を探し、取り、食べることに費やしていますが、ペットはその時間がなく不自由なく食事を与えられるため、退屈に過ごすことが多くなります。
そのため、エサの種類や与え方を変えることで、時間をかけて苦労して食べ物にありつくという野生に近い採食行動を再現します。
②社会的エンリッチメント
他の動物とのかかわりに関するエンリッチメントです。人や同種固体、他種の動物など、他の動物との関わりを通して刺激を得たり、社会性を再現します。
動物園や水族館などでは、群れを作って暮らす動物は群れで飼育し、オスとメスの数や年齢の構成も野生に近付けるといった工夫が望ましいとされます。
③認知エンリッチメント
知性を刺激するエンリッチメントです。知能の高い動物にとっては頭を使うこともエンリッチメントになります。
複雑な操作を行わないとエサが食べられない装置や、複雑な動きをするおもちゃ、遊具を与えることで、飼育動物が思考できる環境を作ります。
④感覚エンリッチメント
視覚、嗅覚、聴覚を含む感覚に刺激を与えるエンリッチメントです。動物の五感が刺激されるよう、匂い、音、見た目といった環境を変化させます。
動物園などでは、見晴台を作る、新しい動物の匂いをつける、他の群れの声を流すといった工夫がされています。
⑤空間エンリッチメント
飼育環境の構造や設置物、遊具や床材などに関するエンリッチメントです。潜る、齧るなどその動物の行動特性を再現します。
高い所で暮らす動物には登ることができる場所を、水を使う動物には水場を提供するなど、動物の行動特性に配慮した空間作りを行います。平面的な広さだけではなく、ロープやハンモックを取り付けるなどして、立体的に利用できる空間作りも重要です。
環境エンリッチメントの影響
環境エンリッチメントが不足することで見られる影響と、環境エンリッチメントが充実している場合の効果について見ていきます。
環境エンリッチメントの不足による影響
エンリッチメントが不足することで現れる異常は大きく3つあります。
- 繁殖障害:繁殖行動や子育てができないなど
- 発育障害: 脳が正常に発育しない、正常な体重増加が見られないなど
- 異常行動:意味もなく同じ行動を繰り返す常同行動、糞を食べたり尿をなめる、食べたごはんを吐いてまた食べるなど
環境エンリッチメントによる効果
様々な研究によって、環境エンリッチメントがもたらす効果は多く証明されています。具体的な事例を紹介します。
- 飼育下のニホンザルにおける群れ内での攻撃行動が軽減された
- 飼育下のトラの常同歩行の抑制に効果があり、探索行動や捕食行動など多様な行動が引き出された
- 飼い犬において、コルチゾールというストレスホルモンの減少や精神的にタフになるといった効果も報告されている
動物の種類は異なりますが、環境エンリッチメントが充実することで、精神的にも身体的にも良い変化が見られることがわかっています。
環境エンリッチメントの評価測定
評価測定には飼育下の動物の行動を調査し、野生での行動と比較する方法がよく用いられます。
その中でも、その動物が何種類の行動を取るか行動のレパートリーとその行動を取る時間を計測し、各行動レパートリーの時間配分を野生下で得られた知見と比較する方法が用いられることが多いようです。
愛犬の生活にも取り入れたい環境エンリッチメント
愛犬の生活でも取り入れられる環境エンリッチメントを紹介します。
採食エンリッチメント
- フードを知育玩具やノーズワークマットを使って与えることで、頭や嗅覚を使い時間をかけて食べる機会を与える
- 犬が見ているところでフードを数粒投げて、それを犬が追いかけることで獲物を追う感覚を与える
社会的エンリッチメント
- 留守番は極力短くして、飼い主さんとの身体的触れ合いを毎日欠かさず行うことで、他の個体と交わりたいという欲求を満たす
- おもちゃの持ってこいや引っ張りっこを通して、狩猟本能を刺激すると同時に人との関係性を構築する
- 他の犬と安全に交流できる機会も設け、他の犬と交わりたいという欲求を満たす(犬が苦手な場合は除く)
感覚エンリッチメント
- 部屋や庭など様々な場所にフードを隠し、嗅覚を刺激する機会を与える
- 怖がらない範囲で他の犬や動物の鳴き声などの音を聞かせる聴覚を刺激する機会を与える
- コンクリートの上だけでなく、芝生、土、緩やかな川など様々な場所を歩く機会を与える
空間エンリッチメント
- 広い場所で自由に走り回れる機会を与える
- ケージ内も犬が自由に歩けるスペースを確保する
- 登り降りができるような台などを用意する
- 安心して眠れるベッドやクレートを用意する
- 齧れるものを与える
愛猫の生活にも取り入れたい環境エンリッチメント
愛猫の生活でも取り入れられる環境エンリッチメントを紹介します。
採食エンリッチメント
- フードを棚の上やテーブルの下などに隠して探す楽しみを与える
- 簡単には食べられない容器にフードを入れて、どうやったらフードが出てくるかを考える機会を与える
- 猫が見ているところでフードを数粒投げて、それを猫が追いかけることで獲物を追う感覚を与える
社会的エンリッチメント
- 過剰な猫や犬との多頭飼いは避け、その子が一匹で落ち着いて過ごせる空間を確保する
- 小さなお子さんがいる場合、むやみやたらに猫を触ることは避け、猫にストレスがかかりすぎないように配慮する
空間エンリッチメント
- キャットタワーなどを用意し、高い場所から生活空間を見下ろせるようにして安心感を与える
- 隠れ場所を用意し、狭くて暗い場所が好きな猫が落ち着けるようにする
- 1匹でもトイレを2箇所以上設置し、きれいなトイレで排泄ができるようにする
- 爪とぎを用意する
ペットの生活にエンリッチメントを取り入れる際の注意点
エンリッチメントを行う際に、同じことを何度も繰り返して動物がその環境や物、状況に慣れてしまわないよう注意が必要です。慣れすぎず、毎回良い刺激が得られるよう、エンリッチメントの種類やレベルを適宜変えてあげましょう。
まとめ
環境エンリッチメントという言葉だけではわかりづらいですが、具体的に見ていくとご自身のペットでも実践できるものが多くあったかと思います。
うさぎやモモンガ、鳥などの小動物にも環境エンリッチメントはとても重要です。ペットのより豊かな暮らしのためにも、ぜひエンリッチメントを実践してみてください。