犬鞭虫症(いぬべんちゅうしょう)という病気を知っていますか?犬鞭虫症とは、その名の通り犬鞭虫という寄生虫によって起こる寄生虫疾患です。
一部のフィラリア予防薬によってフィラリアとともに予防できる寄生虫疾患ですが、予防を怠るととても危険な病気です。
本記事では犬鞭虫とは何なのか、さらに犬鞭虫による症状や治療法などについて、獣医師が詳しく解説していきます。
この記事の目次
犬鞭虫って何?
犬鞭虫は、40~70ミリ程で先が細くなったムチのような形をしており、犬の盲腸の粘膜の表面に頭を突っ込んで寄生します。
犬鞭虫の卵は顕微鏡で観察すると、レモンのように特徴的な形をしています。
犬鞭虫の感染経路
犬鞭虫症は、犬鞭虫の卵を口から取り入れることによって感染します。
便と一緒に犬鞭虫の卵が排出されると、2週間ほどでその中に幼虫を宿します。幼虫の入った卵は口から入って宿主の小腸のなかで孵化し、小腸の粘膜に侵入して発育し、盲腸にたどり着くと成虫へと成長します。
犬鞭虫の卵は、土壌が汚染されていない限り、土壌の中で約7年と、非常に長い期間生存できます。
犬鞭虫症の症状
寄生している犬鞭虫の数が少ない場合、症状を示さないこともあります。しかし、多くの犬鞭虫が寄生している場合、さまざまな消化器症状を示します。
犬鞭虫の成虫は盲腸から血を吸うことによって血漿中の栄養分の他に赤血球も摂取するため、長期の下痢、粘血便やしぶり、腹痛、貧血、削痩、栄養障害を引き起こします。
また、盲腸だけでなく結腸まで感染が拡大すると、下痢と便秘を繰り返し、直腸脱が見られることもあります。
犬鞭虫症の診断
顕微鏡で検査できる
糞便のなかにある特徴的な犬鞭虫の卵を、顕微鏡で覗いて検出することで診断します。
ただし、犬鞭虫は雌の1日の産卵数が少ないことから、1回の検査では卵を検出できないこともあります。
糞便検査
症状や身体検査の所見から犬鞭虫症の疑いがある場合には、複数回の糞便検査を行うことが望ましいでしょう。
犬鞭虫症の治療
症状の重症度に応じて、根本的な治療と補助療法を行います。
根本治療
ベンツイミダゾール系の駆虫薬や、フィラリア予防にも使用される「イベルメクチン」や「ミルベマイシン」を投薬します。
一度の投与では完全に駆除できない場合もあるので、投薬後期間を空けて糞便検査を行い、治療効果の判定を行います。
また、便の検査では検出率が低いため、原因がよくわからない下痢症の場合でも試験的に駆虫薬の投与を行うこともあります。
補助療法
下痢がひどい場合や脱水が起きている場合には輸液を行い、水分と電解質を補正します。
また、腸からの出血が激しく、重度の貧血がある場合には輸血を行うこともあります。輸血の際には事前にドナーとの適合検査を行い、副反応が起こらないように慎重に行います。
犬鞭虫症の予防
犬鞭虫は犬だけでなく、タヌキやキツネといった他のイヌ科動物にも寄生します。
東京と神奈川県のタヌキの犬鞭虫寄生率は約19%という報告もあり、身近に感染した犬がいなくても、犬鞭虫の脅威はすぐ近くにあります。
さらに、公園や畑、河川敷などの土壌環境中で長期間生存する特性のため、生活圏には必ず犬鞭虫が存在するものと考えた方がよいでしょう。
そのため、愛犬の健康を守るためには、感染を予防しておくことが非常に重要です。
定期的な駆虫薬の投与
定期的に駆虫薬を投与することによって、犬鞭虫症の症状が出る前に駆虫薬で体外へ排出します。
フィラリア予防薬の中には犬鞭虫の駆虫に効果があるものもあります。しかし、販売されている全てのフィラリア予防薬が犬鞭虫に効果があるわけではありません。愛犬が服用している予防薬が犬鞭虫を対象としているかどうか確認しておきましょう。
もし、犬鞭虫に対する予防効果がない薬の場合には別途、犬鞭虫に効果のある駆虫薬の投与をおすすめします。
飼育環境を清潔に保つ
犬を屋外で飼っている場合には、土壌を避けることで犬鞭虫の発育を防止できます。
また、屋内で飼っている場合でも、人の靴などに虫卵が付着し、生活環境に犬鞭虫を持ち込んでしまう場合が考えられます。
ブリーダーなどでは、床をコンクリートにすることで感染を予防している所もあります。また、犬鞭虫の虫卵は乾燥に弱いため、ベッドや毛布などは定期的に日光に当てて消毒するとよいでしょう。
散歩中も要注意
犬回虫などの他の消化管内寄生虫にも言えることですが、道端の草を食べたりして寄生虫に感染することがあります。拾い食いを止めさせるしつけを行うことで、感染のリスクを下げることができます。
公園などが散歩のコースに含まれている場合にも、コンクリートの上を歩かせるなどの対策が有効です。
ヒトには感染するの?
基本的に犬鞭虫は、イヌ科動物の体内でのみ成長できます。ヒトの体内に入っても犬鞭虫は発育できず、便とともに排出されます。
しかし、稀にヒト体内で成虫に発育し、症状を呈する場合があるようです。日本でも症例があり、その数は世界で30例程と言われています。
非常に珍しいことではありますが、飼い主さんも念のため注意した方がよいでしょう。
まとめ
犬鞭虫は犬の寄生虫疾患の中でも地味な存在と言われることが多く、回虫などと比較しても認知度は低くなっています。
しかし、実際には、寄生虫疾患の中でも感染率は高い数値を示しており、感染症を予防する観点からも決して軽視できない寄生虫です。
犬鞭虫は「地味だけど非常に厄介」な寄生虫ですから、感染しないように予防をしっかり行いましょう。