環境問題や動物愛護に関心のある方の間ではヴィーガンが当たり前になりつつあります。また、40%近くの人が、まだヴィーガンではないがこれから積極的に取り入れようとしていると答えたという米国の調査結果もあるほどに、今注目されています。
そんなヴィーガンですが、愛犬にもヴィーガン食という選択肢を考えたことがある方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。犬は雑食といえども、最低限の肉類は必要と認識があった筆者は、「犬にもヴィーガン食を」という考えは少し衝撃的でした。
今回は、犬のヴィーガン食に関する研究や、ヴィーガン食の注意点などをご紹介していきます。
この記事の目次
ヴィーガンとは
ヴィーガンはベジタリアンの一種で、日本語では「完全菜食主義者」と言われます。一般的なベジタリアンが肉や魚を食べないのに加え、ヴィーガンは卵・乳製品・はちみつといった動物性食品も一切口にしません。
2021年に日本で行われた調査によると、ベジタリアンの食生活に取り組んでいる人は3.8%、ヴィーガンは2.2%という結果となり、まだ少ないことがわかります。しかし、意識的に動物性食品の摂取を減らす「フレキシタリアン」は20%程で、日本でも植物性の食生活が少しずつ浸透してきている傾向も見えてきます。
この背景には、動物愛護の観点から動物製品を消費することへの懸念、環境への影響等から、植物ベースのフードへの需要や興味が高まっていることが考えられます。
犬の本来の主食
犬の祖先であるオオカミが肉食であるというのは有名な話でしょう。犬もオオカミ同様に肉を切り裂くための歯・「列肉歯」があります。一方で、炭水化物などに含まれるデンプンを消化するアミラーゼという酵素が、オオカミよりも犬の方が多いことが分かっています。
これらのことから、犬が人と生活をしていく中で肉食から雑食へと変わり、肉だけでなく、タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルをバランスよく摂取することが理想的であると考えられるようになりました。
犬のヴィーガンに関する研究
犬のヴィーガンやベジタリアンに関する研究はまだ多くはありませんが、欧州では少しずつ増えてきています。実際に行われた研究を2つご紹介しますので、犬の健康への影響を見ていきましょう。
研究①植物性と動物性のドライフードを食べた犬のウンチを調査分析
ドイツのハノーバー獣医学大学動物栄養研究所の研究チームが、ベジタリアンフードと動物性タンパク質ベースの、ドライフードの消化性と排泄された便の質、窒素排出量についての調査を実施しました。
対象
- 犬種:ビーグル6頭
- 性別:メス(未避妊)
- 年齢:中央値が3歳
- 健康状態:完全な健康体
- 飼育環境:十分な広さのある犬舎が個別に与えられ、毎日屋外の運動場で一緒に遊ぶ時間も設けられている
調査で使用したフード
フードは研究のために作成し、それぞれの原材料は以下の通り
- 植物ベースのフード:小麦、米、小麦グルテン、米タンパク、亜麻仁、ビートパルプ、醸造用酵母、ヒマワリ油
- 動物ベースのフード:小麦、米、家禽ミール(家禽の肉や内臓を加熱して油脂を搾った後に挽いて乾燥したもの)、家禽脂肪、亜麻仁、ビートパルプ、醸造用酵母
どちらも成犬に必要なビタミンミネラル類も添加された総合栄養食のドライフードです。
調査方法
対象となる犬を2つのグループに分け、12日間植物性または動物性のフードを与えた後、次の12日間は最初に食べたものと逆のフードを与える。
結果
- 24日間の研究中に犬たちの体重の変化はなし
- 回収した便を分析した結果、両方のフードで有機物、粗タンパク、粗脂肪の見かけの消化率に有意な違いはなし
- 犬の便に排出された窒素の量は、植物ベースのフードの方がわずかに多かったが有意な違いはなし
- 排泄回数は植物性の方がわずかに多いものの、有意な違いはなし
- 便の固さと形はどちらのフードでも「望ましい最適スコア」に非常に近いもので、食べたフードの量に対しての便の重量も2つのフードでほぼ同じ
考察
植物性と動物性のフードを与えられた犬の健康に大きな違いは見らなかったことから、犬が植物ベースの食事で健康に生きることは可能であると考えられます。
研究②ビーガン対肉ベースのドッグフード
2022年にイギリスのウィンチェスター大学で動物福祉と倫理学を教えるAndrew Knight教授らによって、「犬の健康のためにヴィーガン食を推奨するべきか」という内容の研究が報告されました。
対象
犬2536匹
【食事内容の内訳】
・ドックフード中心の従来型の食事:1370匹
・生肉の食事:830匹
・ヴィーガンの食事:336匹
調査方法
- アンケートフォームを使用し、犬の飼い主に愛犬の情報を聞く
- 飼い主が愛犬の食事内容や年齢、性別、去勢・避妊の状況、健康状態、動物病院への通院回数、薬の使用頻度等を回答
- 調査対象の犬に関して獣医師が健康状態を報告
結果
上のグラフの、青いバーはドッグフード中心の従来型の食事をした犬、オレンジのバーは生肉の食事をした犬、緑のバーはヴィーガン食の犬を表しています。さらに、それぞれのグラフは左から、健康、ささいなもしくは稀な病気、重大なもしくは頻繁な病気、深刻な病気を表しています。
これらから以下のことがわかりました。
- ドックフード中心の従来型の食生活を送っている犬よりも、生肉やヴィーガンの食事を摂取している犬の方がより健康的である
- 肉中心の食事と比較した場合、ヴィーガン食の方が健康増進につながるだけでなく、疾病のリスクも低い
考察
犬が健康でいるためには、ヴィーガン食の方が良いと考えられます。しかし、この研究だけでは確定的な判断はできず、今後のさらなる研究が求められています。
ヴィーガンのリスクや注意点
先ほどの研究によると、ヴィーガン食でも問題なく、むしろ推奨するといった結果になりましたが、ヴィーガン食によるリスクや注意点はしっかり把握しておきましょう。
健康へのリスク
特に手作りのヴィーガン食の場合、栄養バランスが崩れ、健康への悪影響も出やすいという意見があります。
また、今までドッグフードや生肉を与えていたのに、急にヴィーガン食にしてしまうと、体が対応しきれず体調を崩してしまう可能性も考えられます。
実際に報告された犬の健康被害
- 拡張型心筋症:特にタウリンを自分で作るのが不得意な大型犬ではタウリンの不足によって起きるとされている
- 失明:目の網膜の異常によるもので、猫で特に起こりやすいとされている
- タンパクの低下、軽い貧血状態
- ストルバイト結晶が増えることで尿石症、膀胱炎の頻発
注意点
前述のとおり栄養バランスが崩れることで、健康不良が出てきます。特に肉や魚、卵などの動物性のものを一切摂取しないことで、以下の栄養素が不足しやすく、サプリメントで栄養バランスを保つことが大切です。
- ビタミン
- ミネラル
- 亜鉛
- カルシウム
- たんぱく質の元であるアミノ酸(メチオニン・リジン・アルギニン・アラキドン酸・Lーカルニチン…等)
栄養による不調は検査をしないと異常に気付きにくいため、尿検査などの病院での定期的な健康診断が必要です。
さらには、「肉を食べたい」という犬の欲求を満たすことができず、精神的にも苦痛を伴うのではないかという考えもあります。
<参考>
イギリスでは飼い主が罰せられる可能性も
イギリスの動物福祉法では犬に「適切な食事を与える必要がある」と定められています。
そのため、飼い犬の健康を考慮せずに、ヴィーガン食のように一切肉を与えないと、場合によっては罰せられる可能性もあります。
まとめ
今回は犬に焦点を当ててご紹介しましたが、肉食と言われる猫には、さらに大きな影響も報告されており、ヴィーガンへの移行はさらに注意が必要です。
人間にとっては様々な観点からヴィーガンの方が良いのではないかと思うことも多いですが、意志疎通が難しいペットにもヴィーガンを選択するべきなのかというのは、現状では慎重に検討する必要があると考えます。
犬や猫の食事をヴィーガンにするかどうかは今後も研究が進んでいくでしょう。
今後の研究結果はもちろん、愛犬の体調や嗜好性、これまでの犬の歴史等も踏まえながら「自分の愛犬の食事には何がベストなのか?」を考えて、健康面も精神面も満たされる食事を与えるようにして欲しいと思います。