フィラリア症は、犬糸状虫が肺動脈や右心系に寄生することによって生じる、循環障害を主な症状とする疾患です。
現在は犬糸状虫に対する有効な予防薬があり、定期的な投薬によって確実な予防が可能ですが、それでもフィラリア症と診断される犬はゼロではありません。
本記事では犬におけるフィラリア症の症状や診断、治療、予防法を解説していきます。犬を飼っている人も、これから飼う人もぜひ最後まで読んでください。
この記事の目次
犬糸状虫って何?
犬糸状虫(いぬしじょうちゅう)は、乳白色の細長い寄生虫の一種で、蚊によって媒介されます。一般的には犬フィラリア症として知られる病気を引き起こします。
流行地では、予防処置をしないと70%が感染すると言われています。
日本ではヒトスジシマカやアカイエカなど、一般的によく見られる種類の蚊が媒介するため、日常生活の中で感染の機会が多いことも特徴です。
犬糸状虫の感染経路と生活環
犬糸状虫は蚊によって媒介され、犬の体内で成長と増殖を繰り返します。犬糸状虫の発育過程は以下の通りです。
- 蚊の吸血の際に皮膚に落下した幼虫(L3)は、吸血孔などから皮下に侵入する。
- その後、宿主の皮下、筋肉、脂肪組織などで約2ヵ月間発育し、第4期幼虫(L4)、第5期幼虫(L5)に発育する。
- 感染後3〜4ヵ月で心臓の右心室に移動し、感染6ヵ月後には完全な成熟虫になる。
- 成熟した犬糸状虫はミクロフィラリア(Mf)を産出する。
- ミクロフィラリアは全身の血流に乗り、蚊に吸血され、蚊の体内でL3に発育する。
蚊の体内で発育した幼虫(L3)は異なる犬の体内に侵入し、再び増殖を始めます。
犬糸状虫症の症状
犬が犬糸状虫に寄生されると、寄生部位、寄生数、宿主の肺動脈や肺の病変程度により、色々な症状を発症します。
①肺動脈寄生症
成虫が本来の寄生部位である肺動脈に寄生して起こる病態です。
軽症例では安静時に症状を示しませんが、運動しづらくなったり軽度の咳が見られたりします。進行すると、元気消失、食欲減退、貧血、呼吸困難、失神、腹水貯留などが現れます。
また、犬糸状虫の寄生によって肺動脈の内壁が硬くなることや、虫体の直接的な血流阻害により、肺高血圧が発生します。
②大静脈症候群
犬糸状虫成虫が肺動脈から心臓の右心房と右心室の間にある「三尖弁(さんせんべん)」というところの口部に移動し、三尖弁の機能を阻害するため、著しい循環不全と溶血性貧血を起こします。
症状は、衰弱、肺水腫による呼吸困難、貧血、血色素尿、黄疸などを突然発症し、ショック状態になります。これらの症状は急性の経過を取り、容態の急変を招きますので、できるだけ早く処置を行わないと命に関わります。
しかし、三尖弁口部に犬糸状虫が認められるにも関わらず、慢性の経過を取る場合もあり、軽度の元気消失、呼吸困難、腹水などを主な症状とする慢性例も見られます。
③奇異性塞栓症
生まれつき心臓の内腔を左右に隔てている壁に「短絡孔」と呼ばれる穴が空いている場合には、その短絡孔を犬糸状虫が通過して動脈に詰まることがあります。
塞栓を起こす部位は後肢が多く、起立不能、跛行(歩行に支障をきたす)、皮膚の温度低下などが見られます。
④糸球体腎炎
ミクロフィラリアや成虫の抗原に反応して形成された免疫複合体が腎臓の糸球体に沈着することで、糸球体腎炎が引き起こされます。
腎炎に起因する軽度の蛋白尿や多飲多尿が認められます。
⑤幼虫移行症
犬の体内を移行する犬糸状虫の幼虫が、臓器に迷入することによって起こる病態です。幼虫が脳や脊髄に迷入すると運動麻痺、痙攣、興奮、感覚障害が起こります。
また、眼に迷入すると角膜混濁や虹彩炎などが起こります。
⑥アレルギー性肺炎
多数のミクロフィラリアが何らかの理由で肺の毛細血管内で死滅すると、肺組織に好酸球が浸潤し、肺炎や肺水腫を併発して重度の呼吸困難を示します。
犬糸状虫症(犬フィラリア症)の診断
命に関わることもある犬糸状虫症の診断は、できるだけ迅速に行わなければなりません。体内にいる寄生虫をどのように検出するのか、見ていきましょう。
抗原検査
犬糸状虫の予防歴を聞き取り、循環器や呼吸器に症状が現れている場合には、まず抗原検査を行います。これは予防薬投与前にも行われますが、血液数滴で検査が可能です。
また、犬糸状虫の雌の子宮抗原を検出するため、雄のみの寄生や、体内のミクロフィラリアを検出することはできません。
血液検査
末梢血中のミクロフィラリアを検出できれば、それで診断が可能です。しかし、最近では雌雄の成熟した虫体が心臓に寄生しているのに、末梢血中にミクロフィラリアが検出されない「オカルト感染」が増えています。
また、ミクロフィラリアは蚊の活動時間である夜間に血液中に増えてくるという性質があるため、日中の検査では検出できないことも少なくありません。
画像検査
単純X線検査では、循環障害による右心系の拡大や、肺動脈の蛇行が見られます。
また超音波検査は病勢診断にも有効で、肺動脈や右心系への負荷の程度や、寄生する虫体の数から今後の治療方針を決定していきます。
犬糸状虫症(犬フィラリア症)の治療
心臓に寄生した犬糸状虫を除去することが根本的な治療となります。
薬剤による成虫の殺滅
ヒ素剤を投与することによって成虫を死滅させます。
この方法では、一度に大量の犬糸状虫成虫が死滅するため、その死骸によって肺動脈が塞栓するリスクが非常に高くなります。
日本ではヒ素剤の認可が出ていないため一般的ではありませんが、アメリカでは犬糸状虫治療のガイドラインに掲載されています。
ミクロフィラリア駆除
抗ミクロフィラリア薬や、ある種の抗菌薬の投与によって血液中のミクロフィラリアを駆虫します。
犬糸状虫成虫の寿命は5〜6年と言われていますが、その間新しい犬糸状虫の感染を防止しつつ、産生されるミクロフィラリアを殺していきます。
かなり長い期間の治療となりますが、犬への負担は少なくて済みます。
外科療法
頚静脈から長い鉗子を用いて肺動脈に寄生する虫体を摘出することもあります。
しかし、大量に寄生している場合などは摘出しきれないことも多くあります。また、心臓や腎臓の機能によっては麻酔のリスクが高いことにも注意が必要です。
対症療法
循環を改善する目的で、血管拡張薬や利尿薬を用いることもあります。
また、アレルギー性の発咳に対してはステロイドを使用することもあります。
犬糸状虫症(犬フィラリア症)の予防
蚊の発生時期における定期的な予防薬の投与が主流です。経口薬およびスポット剤は1ヵ月に1回、注射薬では6ヵ月~1年に1回の投与が必要です。
ヒトにおけるフィラリア症
余談ですが、少数ながら、ヒトの犬糸状虫症の報告もあります。
多くの場合は成虫まで発育することはありませんが、幼虫が肺、肝臓、眼、皮下や腹腔に寄生することで様々な害を及ぼします。なお、犬から直接感染するわけではありませんのでご安心ください。
まとめ
ノーベル賞を受賞された大村教授によるイベルメクチンの発見によって、犬糸状虫症は100%予防できる疾患となりました。
それにも関わらず、今でも犬糸状虫症の報告があるのは、動物医療従事者や飼い主が犬の健康を守る義務を怠っているということではないでしょうか。
犬糸状虫症の恐ろしさを改めて実感していただき、愛犬のためにも予防を徹底しましょう。