皆さんは「がん探知犬」をご存じでしょうか。がん探知犬は、人間のがんを非常に高い確率で発見できると言われています。
今回は、私たちの健康や命に深く関わる、がん探知犬やその歴史、がんを判定する方法などについて紹介します。
この記事の目次
がん探知犬とは
がんは1981年から40年以上にわたり、日本人の死因第1位となっており、年間30万人以上ががんで亡くなっています。国立がん研究センターの統計によれば、日本人の2人に1人は一生のうちにがんと診断され、男性は4人に1人、女性は6人に1人ががんで死亡するとされています(参照)。
このように、がんは日本人にとって非常に身近で深刻な健康問題です。そんながんの発見に貢献しているのが「がん探知犬」です。がん探知犬は、がん特有の匂いを嗅ぎ分ける能力を持ち、特別な訓練を受けた犬を指します。
がん探知犬の歴史
がん探知犬の能力が初めて報告されたのは、1989年のことです。ロンドンの皮膚科医が、医学雑誌に症例を発表したことがきっかけでした。
ある女性が、飼い犬が彼女の足にできたあざの匂いを頻繁に嗅ぐことを不審に思い、皮膚科を受診したところ、そのあざが悪性黒色腫という皮膚がんの一種であることが判明したのです。幸いにも、がんは初期段階で転移はなく、切除により治癒しました。
この症例報告により、犬にはがんが発する特有のにおい物質を検出できる能力があるのではないかと推測されましたが、その後約10年間、この分野での大きな進展は見られませんでした。
しかし、2004年には144名の尿サンプルを用いた大規模な研究が行われ、その研究では、犬が尿中のにおい物質を通じて膀胱がんを見分ける能力があると結論づけられました。
その後、研究はさらに進み、現在では多くの種類のがんを発見できることが確認されています。
日本におけるがん探知犬
日本では、2005年から千葉県館山市にあるセントシュガージャパンにおいて、がん探知犬の育成が行われています。
代表の佐藤さんががん探知犬の育成を始めたのは、ラブラドール・レトリーバーのマリーンという水難救助犬との出会いがきっかけでした。
マリーンは非常に賢く、驚異的な嗅覚を持っていました。この能力をさらに活かしたいと考えていた時に、犬が飼い主の皮膚がんを見つけたという海外の論文を読み、がん探知犬としての訓練を始めたそうです。
そして、マリーンは訓練開始から、たった1週間でがんのにおいを嗅ぎ分けることに成功し、当時そのニュースは大きく取り上げられました。
がんの見つけ方
がん細胞は非常に独特な匂いを発するとされています。犬の嗅覚は人間の10,000~100,000倍も優れているため、病気のごく初期段階でもこの匂いを感知できます。
がん探知犬は主に人間の呼気や尿のサンプルを嗅ぎ分け、がんの有無を判定します。訓練方法によって判定の仕方は異なりますが、犬はサンプルを次々と嗅ぎ、がんがある場合は立ち止まったり、座ったりしてハンドラーに知らせます。
判定できるがんの種類
がん探知犬によるがん判定では、以下のようながんが判定できます。
肺がん、食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、胆管がん、膵臓がん、腎がん、膀胱がん、前立腺がん、乳がん、子宮がん、卵巣がん、悪性リンパ腫、白血病(日本外科学会雑誌2018)
がん探知犬による判定のメリットと課題
がん探知犬による判定には、以下のようなメリットがあります。
検査が簡単
全身をくまなく検査するには、一般的に丸一日以上の時間を要します。しかし、探知犬によるがん判定は、専用の呼気バッグに息を吹き込んで郵送するだけで、がんの有無を確認できるサービス提供されており、非常に手軽です。
検査による苦痛やストレスがない
がん探知犬による判定では、尿や呼気などから全身のがんを調べられ、身体的な負担や痛みを伴わずに検査を受けられます。
高い的中率と早期発見
がん探知犬の感度は非常に高く、早期のがんや高度異形性にも反応します。その的中率は、大学の研究機関によってほぼ100%に近いと実証されています。さらに、「血液のがん」ともいわれる白血病や「沈黙の臓器」とされるすい臓がんも、ステージ0の段階で発見した実績があります。
探知犬によるがん判定課題と可能性
探知犬によるがん判定には多くのメリットがある一方で、育成に時間と費用がかかることや、探知犬の数が少なく検査件数が限られているといった課題も抱えています。
しかし、特に若い世代は「時間がない」という理由でがん検診を受けないことが多く、その解決手段の一つとして、がん探知犬が注目されています。がんの早期発見に向けた重要な手段として、がん探知犬の活動や研究のさらなる発展が期待されます。
病気を嗅ぎ分ける犬たち
がん探知犬だけでなく、海外では1型糖尿病患者の低血糖を感知して患者や家族に知らせる「糖尿病アラート犬」が活躍していたり、マラリアやてんかん発作を犬の嗅覚で検知する研究が進められており、さまざまな医療分野で犬の優れた嗅覚が活用されています。
これらの医療探知犬は、従来の医療技術と組み合わせることで、より早期の症状発見や患者の生活の質向上に大きく貢献しています。
日本での導入例
群馬県は2023年から、人間の病気を発見する「探知犬」の育成・研究に取り組み、群馬医療福祉大学の村上博和教授と契約して乳がん、膵臓がん、悪性リンパ腫の検査への応用を目指しています。
ラブラドール・レトリーバーの子犬2頭が探知犬候補となり、公募で「にこ」と「はる」と名付けられました。2頭は「ぐんま探知犬」として、SNSでその成長が公開されています。
最後に
犬の優れた嗅覚は、古くから私たち人間に大きな恩恵をもたらしてきました。医療の分野では、探知犬の育成や研究が進むことで、検査方法の選択肢が増え、病気の早期発見につながる可能性があります。
しかし、がん探知犬をはじめとする医療探知犬は、まだ広く知られていません。私たち一人ひとりが関心を持つことで、その重要性が認識され、さらなる支援や研究の進展が期待されます。