猫の「ウイルス性上部気道感染症」は、その名の通り、ウイルスによって引き起こされる上部気道(鼻、喉頭)疾患の総称です。一つのウイルス種によるものではなく、複数のウイルスまたは細菌などが関係して症状を現します。
長い名称ですが、「猫風邪」と言えば馴染みのある方もいるかもしれません。生後間もない子猫での発症が多いため、大人になれば問題ないと思っていませんか?
本記事では、猫のウイルス性上部気道感染症を引き起こすことで知られる、猫ヘルペスウイルスと猫カリシウイルスに注目して紹介していきます。これらは猫の混合ワクチンで予防が推奨される感染症ですので、しっかり理解を深めていただければ幸いです。
この記事の目次
猫のウイルス性上部気道感染症とは
猫のウイルス性上部気道感染症は、上部気道におけるウイルス感染や細菌の二次感染によって呼吸器症状を示す病態です。
これは、猫ヘルペスウイルスと猫カリシウイルスによるものが90%以上を占めるといわれています。猫は、これらのウイルスの保有率が非常に高く、多頭飼育環境下では感染率はほぼ100%に達します。
なお、これらのウイルスはネコ科動物のみに感受性があり、ヒトには感染しません。
①猫伝染性鼻気管炎(猫ヘルペスウイルス)
猫ヘルペスウイルスによる感染症で、鼻汁や眼脂などの症状を呈します。
このウイルスは一度感染すると体外へ完全に排出することは困難で、猫がストレス状態に陥ると再び症状を示すようになります。なお、外界での環境には弱く、24時間以内に死滅するといわれています。
②猫カリシウイルス感染症
猫カリシウイルス感染症の症状は猫伝染性鼻気管炎と類似していますが、舌や口腔に水疱・潰瘍を形成することが特徴です。
1998年にアメリカで強毒全身性猫カリシウイルス病が発生し、現在も散発しています。これは通常の猫カリシウイルスのワクチンを接種していても感染の報告があったことから問題になりました。
現在では製薬会社によって、この強毒猫カリシウイルスに対応した混合ワクチンも販売されています。
猫のウイルス性上部気道感染症の症状
ウイルスの潜伏期は数日~2週間程度とされ、主に呼吸器に症状が現れます。
- 発熱
- くしゃみ
- 鼻汁
- 眼瞼および眼球結膜の浮腫
- 流産(猫伝染性鼻気管炎)
- 口内炎(猫カリシウイルス感染症)
これらの症状は特に生後6カ月未満の子猫で重症化しやすく、栄養障害、脱水、免疫能障害および二次的な細菌感染によって死亡することもあります。
また、細菌感染によって鼻汁の性状が膿性となり、眼の周りにも膿性の分泌物が見られるようになります。一方、成猫では慢性経過を取り、軽症~無症状のことがほとんどです。
猫のウイルス性上部気道感染症の感染経路
猫のウイルス性上部気道感染症の感染経路は、飛沫による経口・経気道感染によります。
また、感染猫からの直接感染の他に、人の服や靴に付着したウイルスによる感染の報告もあります。一方で、尿や糞便からの感染は起こりません。
無症状の猫は感染源になるのか
成猫では慢性経過を取るウイルス性上部気道感染症ですが、たとえ無症状であってもウイルスを排出し続けます。
そのため、外に出る習慣のある猫、あるいは新しい猫を迎える際には注意が必要です。
猫のウイルス性上部気道感染症の診断
特徴的な症状を示さないため、病歴と症状のみからの診断は困難です。
確定診断は、PCRや蛍光抗体法によるウイルス分離によりますが、一般の動物病院の設備では不可能です。よって本症では、臨床症状とワクチン接種歴などから診断的治療を行っていきます。
猫免疫不全ウイルスと猫白血病ウイルスの診断
近年、慢性経過を辿る症例に対して、猫免疫不全ウイルスおよび猫白血病ウイルスの感染が関与している可能性が示唆されています。これらのウイルスは血液検査によって診断が可能です。
子猫や外出する猫が、くしゃみや鼻汁などの症状を呈した際には、これらウイルスの検査も同時に行うことがあります。
猫のウイルス性上部気道感染症の治療
原因となるウイルスに対する特効薬はありませんので、対症療法を行っていきます。
特に子猫では、症状を早い段階で緩和することが重要です。
点眼・点鼻薬
細菌の二次感染のコントロールまたは予防のために、抗菌薬の点眼薬もしくは点鼻薬を使用します。
膿性鼻汁によって呼吸が苦しくなることを緩和する他、敗血症による症状の重篤化を防ぐためにも重要な治療となります。
インターフェロン療法
ウイルス増殖の抑制を期待して、インターフェロンを投与します。
インターフェロンとは
インターフェロンとは、病原菌などの異物の侵入に反応して分泌されるたんぱく質です。ウイルスの増殖を抑制する効果があることから、ウイルス感染症や悪性腫瘍などの治療に用いられています。
インターフェロンは点眼薬・点鼻薬に混ぜて用いられることもあり、注射に比べて猫への負担が少なく済みます。
ウイルスを直接退治する薬剤ではないため、注意が必要です。
口内炎がひどい場合
食事や飲水に支障が出ている場合には、鼻から栄養カテーテルを挿入し、栄養補給をすることもあります。
同時に入院させ、点滴をしながら栄養状態の改善を図っていきます。
猫のウイルス性上部気道感染症の予防
猫ヘルペスウイルスおよび猫カリシウイルスに対する混合ワクチンがあります。
しかし、定期的な接種によっても感染は防ぐことはできません。つまりワクチン接種の目的は、発症を防ぐこと、または発症してしまった時の症状の緩和なのです。
完全に予防するためには
他の猫との接触を避けることが最大の予防となります。
室内飼育の場合は、部屋の中に野良猫などの病歴の不明な猫を入れないこと、外に猫を出さないことが感染の予防となります。
まとめ
春先の猫の繁殖期に、動物病院に子猫を連れてくる方が多くいらっしゃいます。その子猫のほとんどは、目ヤニと鼻汁にまみれています。
外の世界では、猫のウイルス性上部気道感染症はありふれた疾患なのです。命に関わることはありませんが、体の不調が続いたり、何度も動物病院へ行ったりすることがストレスとなってしまいます。
愛猫に苦しい思いをさせないためにも、感染症の予防はしっかりしていきましょう。