皆さんは「貧血」というワードから何を連想するでしょうか。脳を始めとする生物のあらゆる臓器は、酸素を消費してエネルギーを生み出しています。その酸素を運搬する赤血球の数が減少するのが貧血です。
何となく元気や食欲がないというような曖昧な体調不良が見られますが、著しい赤血球の減少は命に関わります。
今回は、貧血の中でも比較的遭遇機会の多い犬の免疫介在性溶血性貧血について解説します。
この記事の目次
免疫介在性溶血性貧血とは

貧血は原因によって、いくつかの種類に分類されます。その中の一つである「免疫介在性溶血性貧血」は、何らかの原因により自己の免疫システムが自分の赤血球を破壊することによって生じます。
免疫介在性溶血性貧血の原因
免疫介在性溶血性貧血は臨床的に、基礎疾患や随伴疾患の有無によって特発性と続発性に分けられます。
犬の場合、症例の多くは原因不明の特発性です。続発性はリンパ腫、慢性リンパ球性白血病、全身性エリテマトーデス、悪性腫瘍、ウイルスなどの感染などに伴って見られます。
好発犬種

発生は全ての犬種で見られますが、特に多いとされている犬種には以下が挙げられます。
- プードル
- コッカー・スパニエル
- イングリッシュ・セッター
- コリー
- マルチーズ
- シーズー
また、オスよりもメスでの発生が多いという報告もあります。さらに、5~8月にかけて多発するという研究もあり、これはウイルス感染、特にパルボウイルス感染との関連が示唆されています。
症状

貧血の程度、疾患の進行速度、合併症(免疫介在性血小板減少症、播種性血管内凝固、肺動脈血栓塞栓症など)の有無によって様々な症状が認められます。
- 食欲不振
- 元気消失
- 可視粘膜蒼白
- 運動不耐性
- 発熱
- 黄疸
- 嘔吐
- ヘモグロビン尿(赤褐色)、ビリルビン尿(濃黄色~オレンジ色)
- 呼吸速迫
診断

主に血液検査によって、赤血球の破壊とそれに伴う貧血所見を検出します。
最終的には、いくつかの項目を満たす必要があります。
- 溶血を示唆する貧血がある
- 球状赤血球、赤血球自己凝集、直接クームス試験陽性のうち1つ以上の所見がある
- 溶血を引き起こす他の疾患(感染症、中毒性物質、低リン血症など)が除外される
全血球算定(CBC)
ヘマトクリット値の低下、網赤血球の増加、好中球の増加、血小板の減少などが見られることがあります。
血液生化学検査
溶血の結果、高ビリルビン血症が認められます。また、低リン血症が溶血の原因でないことも確認します。
血液塗抹検査
球状赤血球と呼ばれる異常赤血球が検出されることがあります。これは赤血球の細胞膜が障害されていることを示唆し、免疫介在性溶血性貧血において特徴的な所見と言えます。
また、球状赤血球はタマネギ中毒や血管肉腫などの悪性腫瘍でも出現するため、これら疾患の除外も重要です。
赤血球自己凝集試験
スライドガラス上で赤血球の凝集を確認します。
犬では免疫介在性溶血性貧血における赤血球の自己凝集が見られる頻度は低いという報告もあるため、自己凝集がないからと言って本症を除外することはできません。
直接クームス試験
赤血球の破壊には、赤血球表面に自己抗体が付着することが関与しています。この赤血球表面の抗体を検出するのがクームス試験です。
外部の検査会社に依頼することが多いため、検査結果が出るまでに時間がかかります。
治療

免疫介在性溶血性貧血の治療は、低酸素の改善、自己免疫反応による赤血球破壊の抑制、血栓症の予防の3つを目標とします。
まずはグルココルチコイド投与による治療が行われ、反応が鈍いようであれば免疫抑制剤の投与が行われます。さらに、反応がない場合にはヒト免疫グロブリンの投与などが行われます。
輸血は、症例の状態を見ながら適宜行っていきます。
グルココルチコイド
感染の可能性が除外できれば、直ちにグルココルチコイドの投与が行われます。これは即効性が期待できる治療法で、一般的に48~72時間以内に反応が見られると言われています。
投与量や投与間隔は、貧血の状態および肝臓の数値を確認しながら決定します。
免疫抑制剤
グルココルチコイドによる治療に反応がない場合、グルココルチコイドをさらに増量するか免疫抑制剤の投与が検討されます。ただし、免疫抑制剤による治療の効果発現には10~14日間が必要とされています。
治療に用いられる免疫抑制剤にはいくつかの種類がありますが、骨髄抑制や肝毒性などの副作用には注意が必要です。
ヒト免疫グロブリン療法
免疫抑制剤でも治療効果が見られない場合に投与が検討されます。グルココルチコイドと同様に即効性が期待できますが、耐性ができてしまうために繰り返し投与できません。
輸血
血液型の判定およびクロスマッチ試験を行い、ドナーの血液に拒絶反応が現れないことを確認した後に輸血を行います。輸血は根本的な治療ではなく、赤血球数を増加させることにより各臓器を低酸素血症から保護する目的で行われます。
免疫介在性溶血性貧血の場合、輸血したそばから赤血球が破壊される可能性があり、それによって体調不良に陥ることがあるため、輸血量と輸血開始時期は慎重に決定します。
抗血小板療法
合併症として播種性血管内凝固(DIC)と呼ばれる病態が現れることがあります。これは血管内で血栓を形成し、多臓器不全を引き起こす非常に危険な病態です。
DICにおける血栓の形成予防のために、ヘパリン投与などの抗血栓療法を行うことがあります。
予後

報告によってばらつきがありますが、発症から2週間の生存率は78.5%、再発率は11~15%と言われています。
まとめ

犬の免疫介在性溶血性貧血は、発見が遅れると命に関わる可能性のある疾患です。特に特発性の場合、突然症状が現れることになるので注意が必要です。
日々の愛犬の様子を観察し、何か変わったことがあれば、すぐにかかりつけの動物病院に相談してください。








































