避妊・去勢手術や歯科処置の際、ペットに全身麻酔を受けさせたことがあるかもしれません。
麻酔をかける前には十分な説明がなされるはずですが、それでも不安に思うこともあるでしょう。
本記事では、動物病院で用いられる麻酔のメリットとデメリットを、獣医師が詳しく解説します。
最後まで読んで頂き、少しでも麻酔をかける前の心の準備に繋げてほしいと思います。
この記事の目次
ペットに麻酔を使うのはいつ?
麻酔は、治療・処置をする際の痛みを緩和したり、動物が暴れないようにするために行います。
手術だけでなく、内視鏡検査やCT、MRIなどの検査の際にも麻酔をします。
手術や検査の意味が理解できない動物は、警戒して暴れてしまいます。そのため、人間では無麻酔で行えるものであっても、動物には麻酔を使うことがあるのです。
ペットの麻酔の種類
一口に麻酔と言っても、その種類は様々です。
まずは、動物病院で使用される麻酔について説明します。
全身麻酔
人間の手術に用いられる麻酔と同様で、麻酔導入薬によって意識を無くし、吸入麻酔で維持します。
これら麻酔薬には鎮痛効果は少ないため、同時に鎮痛薬や鎮静薬を用いることで、麻酔薬の使用量は最小限に抑えます。
局所麻酔
皮膚の裂傷の縫合や、体幹などの局所の小さい腫瘍切除の際に用いられます。
体の一部分の感覚(特に痛み)を無くすことで処置を容易にし、意識ははっきりとしています。
局所麻酔には、主に次のような方法があります。
- 体表の何箇所かに注射をする方法
- 傷口に局所麻酔薬を垂らす方法
- 神経に局所麻酔薬を浸潤させて末端の感覚を丸ごと無くす方法
- 眼の処置をする際の点眼麻酔
鎮静処置
攻撃行動が強い場合や恐怖が強く出ている場合には、少し頭をボーっとさせる処置を行うことがあります。
しかし、出来ることなら薬剤は使用したくありません。
鎮静処置は必ず行うものではありませんが、動物の負担やストレスなどを考慮してメリットが大きいと判断された時には採用されます。
ペットの麻酔に使う薬はたくさんある
麻酔を行う際には、1種類の薬剤のみを用いるわけではありません。
複数の薬剤を組み合わせることによって、薬剤それぞれの長所を生かし、短所を補い合うことで安全な麻酔が可能になります。
ここでは、麻酔の際にどんな薬が用いられるのかをご紹介します。
- 鎮静薬
脳の興奮を抑制し、意識を朦朧とさせる。 - 鎮痛薬
手術や処置による痛みを軽減する。 - 静脈麻酔薬
静脈に直接注入することで速やかに全身麻酔状態が得られる。 - 吸入麻酔薬
気体を吸うことで麻酔状態を得る。通常は麻酔の維持に用いられるが、非常に興奮している状態の動物など、注射が困難な場合にはまず吸入麻酔薬を用いて興奮を鎮めるような用途も。 - 麻酔拮抗(きっこう)薬
投与により麻酔薬の効果を打ち消す。予期しないところで麻酔深度が深くなりすぎる、麻酔薬によって生体が危険な状態に陥るなどの不測の事態に対処するために用いられる。 - 緊急薬
心肺機能の亢進、血圧の確保など、生命に必要な機構を維持するために用いる。
麻酔を行う前には、予めこれら薬剤の投与量を体重から算出し、いざという時にすぐに対応出来るようにしています。
ペットの麻酔中の生命維持管理
麻酔、特に全身麻酔中は生命維持のために不可欠な循環と呼吸の機能が抑制されます。
そのため、麻酔中に生体の状態をモニターすることは必須です。
動物病院では、麻酔中は以下のような項目を随時確認しています。
- 心拍数
心臓がしっかり拍動しているか - 心電図
不整脈が起きていないか - 末梢血酸素飽和度
肺での酸素交換がうまくいっているか - 呼吸数
自発呼吸があるか - 呼気二酸化炭素濃度
肺でのガス交換がうまくいっているか - 血圧
心臓の拍出力が十分か、末梢組織まで血液が行き渡っているか - 体温
低体温の防止、あるいは悪性高熱があるか
ペットの麻酔のリスク
麻酔は薬剤を使う処置ですので、一定の割合で副反応が起こることが予想されます。
特に、全身麻酔で用いられるような麻酔薬は、心臓や肺の機能を低下させるものもあります。
動物病院では、動物の状態やこれまでの病歴などから麻酔のリスクを総合的に想定し、使用する麻酔薬の種類を変えるなどの対応をします。
麻酔のリスク評価の手法
麻酔のリスクは「ASA分類」という米国麻酔科学会の基準によって評価されます。
現在の全身状態を事前に正確に把握し、麻酔をかけることのメリットがリスクを上回るかを客観的に評価しています。
ASA | 動物の状態 | 具体例 |
---|---|---|
1 | 正常で健康 | 認識出来る疾患が無い |
2 | 軽度の疾患を有する | 膝蓋骨脱臼、骨折、老齢動物 |
3 | 重度の疾患を有する | 脱水、貧血、発熱 |
4 | 重度の疾患を有し、生命の危機にある | 重度の脱水、貧血、発熱、尿毒症など |
5 | 治療をしても24時間以内に死亡する可能性がある | 重度のショック状態など |
この他に、脂肪の付き方や体重、動物種(特に短頭種)によってリスクの評価は変化します。
ペットの麻酔関連死亡率
しっかりと事前準備をしていても、残念ながら麻酔による死亡事故は起こることがあります。
その確率は、比較的状態の良い動物(ASA1~2)で約0.01~0.1%、状態の悪い動物(ASA3~4)で約1.5%となります。
動物の状態にもよりますが、おおよそ1万頭に1頭〜100頭に1頭の割合です。
麻酔を使用する前には、獣医師からリスクの説明をしっかりと受け、納得した上で処置を行いましょう。
ペットの麻酔前の検査
麻酔による事故のリスクを最小限に抑えるため、麻酔を使用する前には入念な準備をします。
その一つが、現在の全身状態の正確な把握で、次のような検査によって評価します。
- 身体検査
正常時の心拍数の確認、心雑音や呼吸音の確認 - 血液検査
腎機能や肝機能の確認、貧血や脱水の確認、電解質バランスの確認 - 画像検査
肺や気管、心臓の異常がないか、腫瘍がある場合には他の臓器に転移がないかなどの確認 - 心電図
不整脈がないかの確認
まとめ
確かに麻酔は一定のリスクを伴い、100%安全とは言えません。しかし、麻酔は動物の健康を守る上でも必要なものです。
麻酔のリスクを恐れて必要な治療ができない方が、よっぽど危険な場合もあります。
獣医師たちはみんな、麻酔前の検査の徹底や、動物の状態に合わせて麻酔の種類を選ぶことで、麻酔のリスクを最大限抑えようとしています。麻酔を受ける前に獣医師からしっかりと説明を受け、ペットのためにも納得のいく形で処置を受けさせてあげましょう。