「今の日本は狂犬病が発生していない国だから、飼い犬にワクチン接種させる必要はない」などという誤った情報が、ネット上などで散見されます。しかし、実は日本でも狂犬病が発生する可能性は十分にあることをご存じでしょうか。
この記事では、日本で狂犬病が発生する可能性やその恐ろしさ、予防接種しなかった場合の法的な罰則などを解説しています。この機会に狂犬病の正しい知識を再確認していただけたら幸いです。
この記事の目次
日本のワクチンの接種率は危機的な数値
2024年2月7日、群馬県の伊勢崎市で小学生ら12人が近所で飼われていた中型犬に次々と咬まれるという事件が発生しました。非常にショッキングなニュースであり、記憶に残っている方も多いことでしょう。
さらに、この犬が自治体へ畜犬登録されていない上に、狂犬病ワクチンを接種していないことが分かり、事件の深刻さに拍車をかけました。
ただし、この飼い主だけが特殊なわけではなく、近年狂犬病ワクチンは接種率の低下や誤った情報の広まりが専門家などから問題視されています。
狂犬病ワクチンの接種率は年々低下
日本での狂犬病の感染は、人間は1956年、動物は1957年に猫の発症を最後に60年以上発生していません(海外で感染し、日本で発症した例は除く)。そのため、日本は「狂犬病清浄国」とされていますが、実は危機的な状況に置かれていることをご存じでしょうか。
狂犬病の発生やまん延を防ぐために、法律で義務づけられている予防接種。
しかし、その接種率は減少傾向にあります。接種の間隔が半年1回から年1回に変わった1985年以降はほぼ100%で推移していましたが、1996年ごろから減り始め、2000年度には80%を下回りました。
2022年度は、全国の市区町村に登録されている犬606万7716頭に対し、予防接種を受けたのは429万9587頭で、接種率は70.9%にとどまりました。
このようなワクチン接種率の推移は、厚生労働省が公表している統計を元にしていますが、これは自治体に「登録されている犬」が狂犬病ワクチンを接種している接種率で、先述した人を咬んだ中型犬のような「未登録の犬」や飼い主のいない野犬はカウントされていません。
そのため、未登録の犬を含めるとワクチンの接種率が50%を下回る可能性も十分に考えられます。WHOのガイドラインでは、狂犬病のまん延を防ぐためには犬全体の70%以上にワクチンを接種する必要があるとされており、狂犬病清浄国とされている日本も安全とは言えないのが現状です。
ワクチン接種率の地域格差
狂犬病ワクチンの接種率には地域差も見られます。厚生労働省が発表した都道府県別のワクチン注射率(2022年度)において、注射率が高い都道府県は以下の通りです。
順位 | 都道府県 | 注射率 |
---|---|---|
1 | 山形県 | 88.4% |
2 | 青森県 | 87.1% |
3 | 新潟県 | 86.6% |
4 | 岩手県 | 84.5% |
5 | 宮城県 | 81.3% |
一方で、注射率の低い県は以下の通りです。
順位 | 都道府県 | 注射率 |
---|---|---|
42 | 大阪府 | 62.1% |
43 | 愛媛県 | 61.8% |
45 | 和歌山県 | 61.2% |
46 | 福岡県 | 60.8% |
47 | 沖縄県 | 52.4% |
なお、全国平均は先述の通り70.9%であり、東京都は平均を下回る69.9%(30位)でした。
都道府県別の犬の登録頭数と予防注射頭数等|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/01.html
飼い主の接種意識の現状
狂犬病ワクチンを接種しない理由の一つに、飼い主の誤った認識が挙げられます。特に、国内で60年以上狂犬病の感染が確認されていないため、「日本では狂犬病の予防接種は必要ない」といった誤った認識が広がっています。
また、近年は室内で小型犬を飼う人が増加しており、地域によっては野生動物と接する機会が少ないことから、狂犬病の予防に対する意識が薄れている傾向も指摘されています。
さらに、ネット上では「狂犬病ワクチンが犬の寿命に影響する」、「狂犬病は生小豆を食べれば治る」などといった、科学的根拠がない情報が拡散されています。
狂犬病が復活した台湾
世界の狂犬病清浄国と呼ばれている国・地域には、日本、アイスランド、オーストラリア、ニュージーランドなどが含まれます。
しかし、かつてその一員であった台湾では、2013年7月に野生のイタチアナグマに、同年9月には飼い犬に狂犬病ウイルスの感染・発症が確認されました。
台湾での狂犬病の感染経路
日本で狂犬病が長年発生していない要因として、予防接種や検疫制度はもちろんのこと、日本が島国であることが大きいと考えられています。
しかし、同じく狂犬病が長年発生していない島である台湾では、狂犬病が発生してしまいました。台北在住の獣医師は次のように述べています。
島国の台湾で、イタチアナグマのような山林にすむ動物が突発的に狂犬病に感染することはあり得ない。おそらく数年前に大陸から持ち込まれたなんらかの動物が、スーパースプレッダー(一体で多数の個体に感染させる個体)となってさまざまな動物に広めた。
このように、台湾では外部から持ち込まれた動物により、野生動物の間で狂犬病が広がったとする見解が示されています。
そして、かつての台湾と同じ状況にある日本も、台湾のような経緯で狂犬病が発生する可能性は十分にあるのです。
さらに、先述したように狂犬病のまん延を防ぐためには犬全体の70%以上にワクチンを接種する必要がありますが、自治体に登録されている飼い犬ですらギリギリのラインである70%ほどの接種率です。
これらを踏まえると、日本でも狂犬病が発生し、さらにまん延してしまうという想定も、大げさとは言えないのではないでしょうか。
狂犬病を改めて考える
狂犬病は長らく日本国内での感染が発生していないため、多くの日本人にとって身近な病気ではないのかもしれません。海外に頻繁に行く人であっても、現地では狂犬病に注意していても、日本国内の発生に関してはイメージが湧かなくても不思議ではありません。
そこで、ここからは狂犬病という病気について再確認していきましょう。
狂犬病の恐ろしさ
狂犬病は人獣共通感染症であり、発症するとほぼ100%死に至る恐ろしい病気です。2018年の世界保健機関(WHO)の報告によれば、世界では毎年5万9000人が狂犬病に感染して死亡しています。一旦発症すると有効な治療法はなく、錯乱やけいれん、呼吸障害などの症状が現れ、ほぼ全ての患者が亡くなります。
※狂犬病については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
【ニュース】14年ぶりの狂犬病。ワクチン接種が愛犬と日本を守る
https://cheriee.jp/dogs/20354/
ワクチンの未接種は罰則対象
冒頭のニュースのように、狂犬病ワクチンを接種していない場合、どういった罰則があるのか見ていきましょう。
飼い犬に狂犬病の予防注射を受けさせていなかった場合は、20万円以下の罰金が科せられます(狂犬病予防法第27条第2号)。犬に狂犬病ワクチンの注射済票を着けていない場合も同様ですので、注意が必要です。
また、このニュースの飼い主は自治体に飼い犬の登録もしていませんでした。飼い主は犬を飼い始めてから30日以内に所在地の自治体に登録しなければなりません(生後91日未満の犬の場合は、生後91日を経過した日から30日以内)。
飼い犬を自治体に登録していなかった場合は、20万円以下の罰金の対象となります(狂犬病予防法第27条第1号)。また、犬に鑑札を付けていない場合も同様ですので、こちらも注意しましょう。
最後に
私たちが普段、狂犬病を恐れずに生活できる要因の一つとして、かつての日本で狂犬病を撲滅するために野犬を中心に多くの動物の命が犠牲になった過去があります。
そういった動物たちの犠牲を無駄にしないためにも、安易な考えや誤情報に惑わされることなく、飼い主としての責任を果たしていかねばなりません。
日本を狂犬病の脅威に晒されながら暮らすような国にしないためにも、飼い主が愛犬にきちんと狂犬病ワクチンを接種させることが非常に重要なのです。