江戸時代は「狆」が大人気!将軍綱吉や藩主が夢中だった座敷犬

2026.02.22
江戸時代は「狆」が大人気!将軍綱吉や藩主が夢中だった座敷犬

今も人気のある犬種「狆(ちん)」は、江戸時代には高貴な人たちに室内犬としてかわいがられていました。5代将軍綱吉や藩主、大名らが溺愛していた記録が残っており、中には狆が亡くなるとペットロスのような状況になる人もいたほどです。

狆専門の飼育書も発刊されるほどブームでした。江戸時代の狆がどのような犬でどのように愛されていたのか気になりますよね。

そこでこの記事では、さまざまな歴史の資料から読み取れる江戸時代の狆ブームについて紹介していきます。

この記事の目次

「狆」ってどんな犬?

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狆は日本原産の犬で、体重は3キロほどの小型犬です。絹のような白く長い被毛が美しく、耳と目の周囲だけ黒か茶色の毛が生えています。

マズルは短く垂れ耳で、愛らしい顔が特徴です。日本原産ですが、773年に新羅(韓国)から日本に献上された犬が祖先だと考えられています。

見た目のかわいらしさはもちろん、人懐っこく落ち着いた性格をしている子が多いため、室内犬として人気があります。小さな子から高齢者がいる家庭まで、幅広い年代の人が飼いやすい犬種だといえるでしょう。

江戸時代の狆

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さて今も人気の狆ですが、江戸時代は高貴な人や裕福な人だけが飼える、かなり特別な犬でした。ただ、現在の狆だけではなく小さい犬はどれも「狆」と呼んでいたようです。

町にいる犬とは別格だった狆

江戸時代の犬は大きく分けて「野外で放し飼いの犬」「猟犬」「狆」の3つでした。外で飼うのが一般的でしたが、狆だけは室内で飼育されていました。

つまり犬とは別に「狆」というカテゴリがあるほど特別だったのです。「犬と狆」といった表現もされていたことから、「犬ではあるものの犬ではない」という認識があったのでしょう。実際、「犬と猫の間に位置する動物」とされていました。

町中で自由奔放に暮らす犬と、身分の高い人に室内で飼われる犬とは、異なる生き物と認識されるのも無理はないかもしれません。

小さい犬はみんな狆?

「狆」の名前の由来については諸説ありますが、東京大学埋蔵文化財調査室の阿部常樹先生は「ちいさいいぬ」からきているとしています。「ちいさいいぬ」が「ちぬ」になったということですね。

さらに狆に限らず、小さな犬を総称して「狆」と呼んでいたと考えられています。

江戸時代後期、中国やオランダから長崎に渡来した珍しい鳥獣を描いた『唐蘭船持渡鳥獣之図』があります。これは江戸幕府に報告するための資料だったのですが、そこにはオランダから来た犬はすべて「狆」としていたと記録が残っているそうです。

本来の狆も、他の小型犬も、愛玩犬としてかわいがられていたのでしょう。

江戸時代後期に流行した娯楽本である黄表紙(きびょうし)のひとつ、山東京伝(さんとう きょうでん)作の『唯心鬼打豆(ただごころおにうちまめ)』には「狆」が登場します。描かれている狆は黒く、テリアを思わせる体型をしています。

画像出典:東京都立図書館所蔵『唯心鬼打豆』(山東京伝作・部分)

狆専用飼育本もあった

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江戸時代には『犬狗養蓄伝』という犬の飼育本が発刊されていましたが、こちらは町の中にいる犬向けでした。しかし、この本とは別に専門の飼育本である『狆飼養書』が出版されていたのです。さらに島津家の資料である『狆秘伝書』もあります。

狆の飼育を専門に扱った『狆飼養書』

『狆飼養書』の作者は不明で、作成年代もはっきりしていません。写本が文政10年(1827年)なのでそれより前に出版されたのではといわれています。

この書籍で狆は「ベトナムから渡来した」とされています。さらに、「上田筋」「大島すじ」といった狆の品種が記されています。

狆の交配方法やエサの与え方、病気予防などのほか、子犬の育成方法も説明してある点も特徴です。

興味深いことに「狆は増えているが飼い方やしつけがよくないため、病気が多く交配がうまくいかない」といった苦言も呈しています。現代のペット問題にも通じるところがありますね。

さらに「老犬の歯を磨いて若い犬に見せて(だまして)売っていることがある」という記述もあり、それだけ若い狆の需要があったことがみてとれます。

島津家に伝えられた飼育書『狆秘伝書』

『狆秘伝書』という本もあります。こちらは写本が島津家の資料のなかにあったそうです。島津斉彬(しまづ なりあきら)の弟、久光(ひさみつ)が狆をかわいがっていたとのことで、飼育書があったのでしょう。

作者も成立年も不明ですが、「おそらく19世紀」と『動物たちの江戸時代』(井奥成彦編著、慶應義塾大学出版会)には記されています。狆秘伝書では、狆の出産や子犬の世話、病気やケガについて詳しく記述しています。

また、本書には「狆の注文のときの注意点」まで書かれている点が特徴です。「狆を注文するときは毛並みや外見などをチェックしましょう」と解説していたようで、購入する側の目線は昔も今も変わらないといえますね。

綱吉や藩主らが愛した狆

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特に狆を溺愛したのが、生類憐みの令で有名な江戸幕府5代将軍徳川綱吉(在職1680〜1709年)です。江戸城では100頭もの狆を飼育していたというのですから「犬将軍」とも呼ばれたのも納得ですよね。

狆が城に入る際は歩かせず、役人がついて乗り物に乗せられてくるほど大事にされていました。大奥なども狆をかわいがっていたようです。

朝廷に行くのも狆と一緒だった藩主

駒澤大学の近衛典子先生の論文「江戸時代の狆 : 小説・随筆・俳諧などに描かれた姿」(駒澤國文 62 29-46,2025.02)において、姫路藩主である酒井忠以(さかい ただざね)のエピソードを紹介しています。

忠以は参勤交代にも狆を連れて行くほど大切にしていました。天明元年(1781年)には朝廷に使者として立つことになったため、狆を家においていくつもりだったのですが、どうしても愛犬が忠以の元を離れません。

やむを得ず朝廷に連れて行ったところ、「狆も一緒に連れてきた藩主がいる」と噂が京都で広まって、とうとう天皇の耳にまで入ってしまいました。

天皇は怒るどころか「犬なのに主人を追う心が哀れ」として、なんと忠以の狆に六位の位を与えたそうです。

本陣に入るのも狆が優先?

先にご紹介した駒澤大学の近衛典子先生は、江戸後期の国学者であり『雨月物語』で知られる上田秋成(うえだ あきなり)について研究しています。

その中で上田秋成がかかわった連句作品集にある「狆から門を入る本陣」という句を見つけて、なぜ「犬が人より先に本陣に入るのか」と疑問をもったそうです。

本陣とは、江戸時代の諸大名が宿とする旅館です。身分の高い人が泊まる旅館に「人よりも先に狆が入る」ことを詠んだおもしろさがあります。

実際、本陣に狆が優先して入ったかどうかは別にして、大名や藩主らが狆を尊重していたことを揶揄して作った句だったようです。

ペットロスになった?藩主

『動物たちの江戸時代』によると、駒込の下屋敷(文京区六義園)に隠居していた大和郡山藩元藩主、柳沢信鴻(やなぎさわ のぶとき)も狆を複数飼育し、「宴遊日記」に飼育記録を残しています。狆それぞれに「鬼次」「福」「豆」と名付け、かわいがっていました。

メスである「福」を交配させようとしたり、自分の飼育している狆と相性の良さそうな狆を探したりと、かなり熱心だったようです。

「豆」は信鴻のもとに来た翌日から具合が悪くなり、薬など与えたものの、治療の甲斐なく20日後に亡くなってしまいました。飼い主であった信鴻は嘆き悲しみ、首輪や敷物と一緒に庭に埋葬しました。

亡くなったペットを愛用品と共に埋葬する感覚は、現代の飼い主さんに通じるものがあります。町中で豆に似た狆を見かけると、「豆を思い出していた」そうなので、信鴻はペットロスになっていたのかもしれません。

浮世絵に描かれている狆

江戸時代の高貴な人々の間で人気だった狆は、浮世絵の題材にもなっています。代表的な作品が葛飾北斎の「狆」。ふさふさした毛の狆が毬に前足を乗せている様子を描いていました。

首にはスカーフのような美しいリボンをまいており、かわいがられている様子がわかります。この作品は、太田記念美術館監修の書籍『浮世絵動物園』に収録されています。

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楊洲周延(ようしゅう ちかのぶ)の「千代田の大奥」「狆のくるひ」(1896)では、大奥のそばでひものようなものにじゃれつきながら騒いでいる2匹の狆が描かれています。鼻は短めで両耳の毛が黒く、現在の狆によく似ています。

毛並みが美しく描かれ、手入れが行き届いていた様子もうかがえます。躍動感にあふれた2匹の狆を、大奥はもてあましていたかもしれませんね。

画像出典:東京都立図書館所蔵『千代田の大奥 狆のくるひ』(楊洲周延作・部分)

江戸時代における狆と人々の関わり

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江戸時代は地位のある人や富裕層の間で、狆を飼うことがブームになっていました。狆は犬だけれど犬ではない特別な存在だったのです。

その人気ぶりは専門の飼育本も発刊されるほどでした。参勤交代にも連れて行く藩主、ペットロスになる藩主など、人々の心を虜にしていたことがわかります。庶民にはその姿は滑稽だったのか、連歌の題材にされることもありました。

狆は今も人気の愛玩犬です。江戸の高貴な人々にかわいがられてきたからこそ、どこか優雅な雰囲気があるのかもしれません。

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