みなさんは「命の授業」をご存じでしょうか。動物とふれあいながら命の大切さを学ぶ取り組みで、全国の学校や地域で長く続けられてきた教育活動です。
私も以前、夫の動物病院が所属する獣医師会の活動の一環で、小学校1年生を対象にした命の授業に参加しました。子どもたちがウサギの体温や心音に触れたときの表情は、今でも忘れられません。
この記事では、その授業の様子とともに、近年減少している学校飼育動物の背景、そして獣医師として感じた「命にふれる教育の価値」についてご紹介します。子どもたちに命の重みをどう伝えるか、一緒に考えるきっかけになれば幸いです。
この記事の目次
動物とふれあう教育活動「命の授業」とは?

命の授業とは、獣医師や地域の団体職員が犬、猫、ウサギなどの動物を連れて学校や保育園を訪問し、子どもたちに命の大切さや動物との向き合い方を伝える教育活動です。
名称は団体によってさまざまですが、動物の温かさや鼓動にふれる体験を通じて、「命がそこにある」という実感を子どもたちに届けることが目的です。
こうした教育活動は外部の講師を招いて行うことが多く、地方自治体や地域の獣医師会、NPO団体など多くの関係者の取り組みによって支えられています。
獣医師が授業するケースでは、専門職ならではの授業や安全管理を行いながら、子どもたちに命の尊さや動物との向き合い方を伝えています。
授業内容は子どもの年齢に応じてアレンジ
命の授業は、単なる動物と触れ合う機会を提供するためだけのプログラムではありません。この授業の大きな特徴は、子どもの年齢や学年に応じて内容を柔軟に変えられることです。
低学年では「相手の気持ちを考える」といった道徳の授業と結びつけたり、動物園の獣医師についての話が載っている小学校2年生の国語の単元と関連づけることもあります。
中高学年になると、動物の殺処分の現状や、社会の仕組みなど難しいテーマを考えさせたり、獣医師の仕事を紹介したりして、子どもたちが社会や将来の仕事に興味を持つきっかけを提供します。
小学校で行われた命の授業の様子

夫の動物病院が所属する獣医師会による命の授業は、コロナ禍以前には年に15校ほどの小学校で実施されていました。小学校1年生の授業に参加したときの様子をお伝えしたいと思います。
命の授業の流れ
その小学校ではもともと2羽のウサギを飼育しており、授業ではまず獣医師が「ウサギはどんな動物か」、「動物にも感情や痛みがある」という話を子どもたちにも分かるように伝えました。
そのあと、学校の2羽と、他の動物病院から連れて行った3羽の計5羽を使い、ふれあい体験を実施しました。子どもたちには、順番にウサギを抱っこしながら聴診器で心臓の音を聞く体験をしてもらいました。
命の授業で見られた子どもたちの反応
「早く自分の番にならないかな」とワクワクしている様子が子どもたちの表情から伝わってきます。自分のところにウサギがやってくると、慣れた様子で触る子もいれば、おっかなびっくり手を伸ばす子も。「柔らかい」「温かい」という声が聞こえました。
子どもたちは聴診器にも興味津々で、つい楽しくなってはしゃいでしまう子どももいます。そんな時は「ウサギさんがびっくりしちゃうから、小さい声で話そうね」と声をかけ、相手を思いやる気持ちを伝えていきました。
アレルギーの子や動物が怖い子には触ることを無理強いせず、個々のペースに合わせてふれあいを進めました。
中でも印象的だったのは、聴診器を通じてウサギの心音を聞いた瞬間の子どもたちの表情の変化です。驚きと感動、そしてちょっとした緊張感が入り混じったような反応に、教室全体がやさしい空気に包まれました。
獣医師として命の授業に関わって感じたこと

授業の時間は1時間程度の短いものでしたが、子どもたちの豊かな表情や優しい言葉に、きっと心に残る体験になったと感じました。
しかし、コロナの影響で、こうした命の授業やふれあい活動は全国的に中止や縮小を余儀なくされました。私たちの地域の獣医師会でも、コロナ禍以降は命の授業の活動は再開していません。
子どもたちが実際に動物とふれあう機会が減ってしまったのは、本当に残念なことです。今後また少しずつでも、地域や学校と連携しながら、命にふれる体験を届けられる場が増えていくといいなと願っています。
学校の飼育動物が減っている背景

かつては多くの小学校に飼育小屋があり、ウサギやニワトリ、インコなどの飼育動物がいました。
しかし、近年ではその数が大きく減少しています。生き物を飼っているとしても、メダカ、ザリガニ、昆虫など、教室内で飼育できる小さな生き物にとどまる場合が少なくありません。
その背景には以下のような理由があると考えられます。
飼育の中心が子どもから教員にシフト
私が小学生の頃は、動物の世話は飼育委員会の児童が当番制で担当していました。しかし、2000年代以降、子どもだけに動物の世話を任せることへのリスクが指摘されるようになり、次第に飼育の中心が子どもたちから教員側に移っていきます。
その結果、職員の負担の増加から飼育を見送る学校が増えていったと考えられます。
長期休み中の世話の問題
動物は学校の休みに関係なくお世話が必要です。夏休みや冬休みなどの長期休み中には、「誰が世話をするのか」、あるいは「自宅に連れていくのか」という現実的な問題が生じます。
アレルギーや感染症など学校現場の衛生面の課題
学校には、動物にアレルギーを持つ児童への配慮や、動物に触れた後の手洗いなど、衛生管理への対応が求められます。
また、日本でもたびたび発生する鳥インフルエンザの流行は、感染リスクのある動物を学校で飼うことへの慎重な姿勢が高まるきっかけとなりました。
動物福祉の観点から見た学校飼育の難しさ
狭い飼育小屋や十分なケアが難しい環境下での飼育は、動物にとって負担となります。「適切な環境で飼えないなら、無理に飼うべきではない」という意識も広まり、学校では飼育を控えるようになっています。
また、最近の夏の暑さも動物にはあまりいい環境とは言えません。例えば、ウサギの適切な飼育温度は18〜24℃と言われており、40℃近くになる日本の夏の外気温はかなり過酷な状況です。
さらに、ウサギは穴を掘るのが得意な動物であるため、地面が土の場合、フェンスの下を掘ってフェンスをくぐり抜けて逃げることがあります。地面に金網やコンクリートを敷いてから土を被せたり、フェンスを地中に埋めるといった対策が必要です。
こうした複合的な理由から、学校現場では「動物を飼わない」選択をするケースが増えているのが現状です。
学校で子どもたちが命にふれる機会をどう確保するか

学校での飼育動物が減る中で、今回ご紹介したような命の授業は、子どもたちが命にふれる貴重な機会となっています。ウサギの心音を聴いたり、体温を感じたりすることで、動物も命あるものだと実感できます。
飼育が難しいからこそ、外部の組織と連携した体験型の学びが、より大きな価値を持つ時代になってきています。
愛知県獣医師会によるモルモット貸し出し事業(ホスティング)
子どもたちが継続的に動物と関わる機会を確保するため、愛知県獣医師会の取り組みを紹介します。
愛知県獣医師会では、モルモットを学校に一定期間預ける「ホスティング事業」を行っています。
モルモットは、
- 臭いや抜け毛が少ない
- 性格的におとなしく扱いやすい
- ケージで飼育でき、室内で飼育しやすい
といった特徴をもつ動物です。
外部団体と連携した命の教育の取り組み内容
この取り組みでは、獣医師会が一定期間学校へモルモットを貸し出します。飼育に必要なケージや備品、期間中のエサ代はすべて獣医師会が負担し、学校側の費用負担はほとんどありません。
長期休みは獣医師会で一旦引き取ることも、学校や児童の家庭でホームステイとして預かることも可能です。
動物とふれあう命の授業が持つ教育的価値

命の授業は、動物とのふれあいを通して子どもたちに命の尊さを実感してもらう、かけがえのない機会です。飼育動物が減る今だからこそ、こうした体験型の学びがより重要になっていくと感じています。
獣医師として現場に関わった経験を通じて、教育や福祉の分野にも貢献できる可能性を改めて実感しました。命を知る、違いを受け入れる、誰かを思いやる。そんな原点を、これからの世代にも丁寧に伝えていきたいと思います。







































