トキソプラズマ症という疾患を聞いたことがありますか?本疾患は猫だけでなくヒトにも感染する人獣共通感染症として、感染症法の5類感染症に指定されています。
ヒトの感染症として重要視されているトキソプラズマ症ですが、一方でトキソプラズマ症は猫の病気というイメージを持っている方もいるのではないでしょうか。
本記事では、トキソプラズマ症と猫の繋がりについて解説していきます。
この記事の目次
トキソプラズマ症とは
トキソプラズマ症は、Toxoplasma gondiiという原虫によって引き起こされる感染症です。
原虫とは寄生虫の一種ですが、紐のような線虫や条虫とは異なり、肉眼で確認することのできない非常に小さな単細胞の微生物です。アメーバなどを想像するとわかりやすいかもしれません。
トキソプラズマ原虫の生活環
トキソプラズマに感染した猫は、糞便中にオーシストと呼ばれる卵のようなものを排泄します。排泄されたばかりのオーシストは未熟ですが、環境中で発育し、感染能を持つ成熟オーシストとなります。
この成熟オーシストを中間宿主(全ての哺乳類が対象)が経口摂取すると、腸管以外の臓器の細胞内で発育・増殖していきます。さらにその中間宿主を終宿主である猫が摂取すると、小腸上皮細胞内で増殖し、再び未熟なオーシストを産生します。
また、猫は終宿主であると同時に中間宿主にもなるため、環境中の成熟オーシストを摂取することで全身感染を起こすこともあります。
感染経路
トキソプラズマの厄介なところは、経口感染以外の経路でも感染を起こすことです。特に、胎盤感染は母体だけでなく、胎児(胎子)にも影響を及ぼすことがあります。
経口感染:感染動物の生肉や、汚染された飼料の摂取などによって感染します。猫の場合は感染ネズミの摂取による経路が自然だと考えられます。
胎盤感染:妊娠時に初感染を受けた母体から、血流に乗ってトキソプラズマが胎児(胎子)に移行します。再感染の場合は母体に抗体が産生されているため、血液中に原虫が侵入できず、胎盤感染は成立しません。
経皮感染:粘膜や傷口からトキソプラズマ原虫が侵入することで感染します。主にヒトの医療現場や食肉検査所で発生します。
症状
トキソプラズマ症の症状は、終宿主である猫と、中間宿主であるヒトなどで異なります。
寄生虫はそもそも、終宿主の体内が最も居心地がいいものです。よって、終宿主では比較的マイルドな、逆に中間宿主の体内では早く終宿主に感染したいために激烈で厄介な症状を引き起こすことが多い傾向にあります。
猫(終宿主)における症状
- 多くは無症状
- 発熱
- リンパ節腫脹
- 下痢
- 慢性化すると、ぶどう膜炎、貧血、不妊など
- 子猫では嘔吐、呼吸困難、貧血、神経症状、眼症状など重症例が多い
- 妊娠猫では流死産、早産、異常子産出など
ヒトなど(中間宿主)における症状
- リンパ節腫脹
- 妊娠中にトキソプラズマの初感染を受けた場合、流産、小眼球症、水頭症、小頭症などが胎児に発症することがある
- 出生時無症状でも成人するまでに網脈絡膜炎や神経症状を呈することもある
診断
トキソプラズマ症の診断には主に、血液中の抗体価を測定する抗体検査と、糞便中のトキソプラズマ原虫の遺伝子を検出するPCR検査が用いられます。
どちらも外部の検査会社に検体を送付して検査を行う必要があることが多いため、結果が出るまでに少し時間がかかります。
抗体検査
採血を行い、血中の抗体価を測定します。猫の場合、抗体価が上昇するのは感染後1〜2週間と言われているため、抗体価が低いからといってトキソプラズマ陰性とは判断できません。よって抗体検査は2週間ほど間隔を空けて2回行うことが必要となります。また、猫が糞便中にオーシストを排泄するのは初感染後1〜3週間です。
ややこしいですが、1回目の検査で抗体価が高い場合、その猫は過去にトキソプラズマへの感染歴があることになるため、オーシストの排泄はないだろうと考えられます。逆に1回目の検査で抗体価が低い場合、トキソプラズマ陰性の可能性もありますが、初感染でまだ抗体価が上昇する前だということも考えられるため、後述の感染予防が重要となります。
また、猫免疫不全ウイルスの感染や妊娠などで猫の免疫状態が不完全の場合、抗体検査を行っても抗体価の上昇が見られない場合もあります。
PCR検査
下痢を起こしている猫において、糞便中のトキソプラズマ原虫遺伝子を検出します。ただし、猫では初感染後1〜3週間以外はオーシストの排泄はないと考えられます。症状がない猫では、腸管以外の組織にトキソプラズマが感染していることもあるため、全身の感染を否定するためには抗体検査を行います。
治療
抗菌薬や抗原虫薬の投与が行われます。
また、下痢などの消化器症状が見られる場合には対症療法を行います。
予防
トキソプラズマの感染を予防することには、愛猫が感染しないようにすること、愛猫の感染が疑われるときに飼い主に感染しないようにすることの2つの意味があります。
猫への感染予防
猫への感染は、トキソプラズマが感染した中間宿主との接触を断つことで予防できます。
- 完全屋内飼育(他の猫やネズミとの接触をなくす)
- 手作り食では肉にしっかり火を通す
- 多頭飼育の場合、感染猫の糞便の処理を適切に行う
ヒトへの感染予防
ヒトへの感染は、猫の糞便中や環境中(土など)のオーシストを経口摂取しないようにすることで予防できます。
- 猫のトイレ掃除はすぐに行う(排泄されてすぐのオーシストは感染能を持たず、排泄後1〜5日で感染するようになる)
- 猫のトイレは定期的に熱湯で消毒する(100℃で数秒)
- 土や砂場に触れた際は石鹸でよく手を洗う
- 食事や料理の前には石鹸でよく手を洗う
- 肉(特に豚肉)はしっかりと加熱する
- 土や肉を扱う際にはできるだけ手袋を着用する
特に妊婦への感染は深刻となるため、猫のトイレ掃除などはできるだけ妊娠していない方が行うほうがいいでしょう。
また、オーシストは酸・アルカリ・薬剤に抵抗性を示すため、消毒には熱湯を用いるのがおすすめです。
まとめ
トキソプラズマ症は人獣共通感染症であり、正しい知識でしっかりと防疫をしなければならない感染症です。愛猫を始めとする家族を守るためにも、こんな病気があるということを覚えておいてください。
何か気になることがあれば、お気軽にかかりつけの動物病院までご相談ください。